第二十五話:一番組の男と、灰の中の誓い
『梅の屋:騒動記』
第二十五話:一番組の男と、灰の中の誓い
上町の寺院を飲み込んだ火炎は、もはや一奉行所の手に負える規模を超えていた。
崩れゆく回廊、逃げ惑う信徒、そして狂信的な抵抗を続けるキリシタンの浪人たち。
「……野郎ども、水を被れ! 仏像を焼かせるな、大坂の宝を守り抜け!」
黒煙の向こうから、地鳴りのような怒号が響いた。
現れたのは、朱塗りの具足を纏い、荒れ狂う火の手を物ともせず突き進む一団。大坂北組の筆頭部隊、北組一番組である。その先頭で巨大な長刀を振るい、道を切り拓いていたのが、組頭の**荒木剛蔵**であった。
源之丞がフェリペ・伴林を捕らえ、崩落する天井から脱出しようとしたその時、大きな梁が二人の行く手を阻んだ。
「……吉本同心か! ここは俺が支える、さっさとその賊を引き摺り出せ!」
剛蔵は、燃え盛る梁に丸太のような腕をかけ、筋骨隆々の体でそれを押し上げた。
「荒木殿! 恩に着る!」
「礼なら、後で『梅の屋』の酒で払え! 行けッ!」
剛蔵の咆哮と共に、源之丞は伴林を抱えて脱出。直後、本堂は轟音と共に崩れ落ちた。
灰の降り注ぐ境内。煤で顔を真っ黒にした二人の男は、互いの無事を確認し、固く手を握り合った。
「……吉本源之丞。お前の十手、なかなか筋が良いな。地附の連中とは一味違う」
「荒木殿。一番組の勇猛さ、噂に違わぬものでした。……助かりました」
「はっ、死にかけた奴の言うセリフか。……いいか、源之丞。此度のキリシタン騒動は、これで終わりじゃねぇ。大坂の闇は深い。これからも、お前の『鼻』と俺の『力』が必要になる。……長い付き合いになりそうだぜ」
剛蔵は豪快に笑い、源之丞の肩を叩いた。
それは、奉行所という組織の枠を超えた、大坂を守る「漢」同士の契約の瞬間であった。
数日後。
ようやく怪我が癒え、西町奉行所に出仕した源之丞を待っていたのは、かつてないほどの静かな敬意であった。合同捜査での獅子奮迅の働きは、東町の役人たちや、気位の高い北組の男たちの心をも動かしたのだ。
そして「梅の屋」の板場では。
梅子が、剛蔵から届いた「お祝い」の巨大な酒樽を前に、目を丸くしていた。
「……源之丞さん、これ。北組の一番組の頭さんからやって。……『次は俺が、この店を食い尽くしに行く』って伝言付きで。……困るなぁ、うちの出汁、あんな大男に足りるかな?」
梅子は困り顔を見せながらも、どこか誇らしげに包丁を研ぎ始めた。
源之丞という一人の武士が、大坂という街に根を張り、多くの仲間を得たこと。
その喜びが、今日の一番出汁に、さらに深いコクを与えているようであった。
【本日のお献立:漢たちの契り膳】
一番組・荒木剛蔵への「剛」の膳: 梅子が、剛蔵の体格に合わせて用意した、厚切りの寒鰤の照り焼き。山椒を効かせ、酒が進む味付け。
源之丞への「癒」の膳: 傷ついた体に優しい、すっぽんの出汁で炊いた養生粥。
(梅子の独白): 「……一番組の頭さんに、淀屋さんに、鴻池さん。源之丞さんの後ろに、大坂のすごい人たちがどんどん集まってくる。……お父ちゃん、源之丞さんはもう、一人ぼっちやないね」
【後書き:時代考証】
北組一番組:
大坂を警護する組(北組・南組)の中でも、特に「一番組」は精鋭が集まり、火災や暴動などの有事に真っ先に駆けつける部隊でした。その組頭は、町人からも畏怖と尊敬の対象となっていました。
同心と組頭の交流:
奉行所の同心が、現場で協力し合った組頭や下級役人と個人的な絆を結ぶことは、円滑な治安維持のために非常に重要でした。この繋がりが、後の源之丞の大きな武器となります。




