第二十三話:両町奉行の盟約、そして潜伏の十字
『梅の屋:騒動記』
第二十三話:両町奉行の盟約、そして潜伏の十字
「……梅子。今日から、この店の裏木戸には閂をかけ、誰が来ようと開けるな。……これは命令だ」
源之丞の顔に、かつてない悲壮な決意が宿っていた。
東横堀の仏、道修町の鱗、道頓堀の偽造札、そして北浜の句会。点と点が繋がった先に浮かび上がったのは、住友の銅や異国の香を資金源とし、大坂の地下に根を張る**「キリシタンの一団」**による大規模な反乱の兆しであった。
「……源之丞さん、そんな怖い顔せんといて。わかったわ、私、一歩も出えへん。その代わり、生きて帰ってきて。必ずやで」
梅子は源之丞の震える手を取り、そっと握りしめた。彼女の鋭い鼻は、源之丞の体から漂う「死の予感」を嗅ぎ取っていたが、今はただ、信じて待つことしかできない。
西町奉行所の門を潜ると、そこには普段は反目し合う東町奉行所の同心たちが、物々しい装備で列をなしていた。
東町の筆頭同心・加藤宗一郎が、源之丞と兵馬の前に立つ。
「吉本、佐々木。私情は捨てろ。此度は町奉行の面目ではない、幕府の威信を賭けた戦いだ。……標的は、上町から四天王寺の裏手に至るまで、十数箇所に及ぶ潜伏先だ」
「承知しております、加藤殿。……大坂の民を、迷いの中へ引きずり込む連中だ。根こそぎ刈り取るまで」
兵馬もいつもの軽口を封じ、漆黒の胴金を締め直した。
東と西、合わせて百名を超える同心と足軽が、深夜の大坂へ散っていく。
源之丞が向かったのは、空堀近くにある、表向きはしがない古着屋。
だが、その地下からは、不気味なほどの「沈黙」と、微かな「祈りの声」が漏れていた。
「……御用だ! 西町、東町合同の検分である! 抵抗する者は賊と見なし、その場で切り捨てる!」
源之丞が先頭を切って踏み込むと、そこには異国の聖画を掲げ、手に手に十字架を模した刃を持つ者たちが待ち構えていた。
彼らの目は、これまでの犯罪者たちとは違う。死を恐れぬ、狂信的な光が宿っている。
「……主の御許へ! 悪魔の役人どもを討て!」
狭い地下室で、源之丞の十手とキリシタンたちの刃が火花を散らす。
「……これが、お前たちの言う救いか! 罪なき者を殺め、大坂の法を汚して、何が天国だ!」
源之丞の怒りの一閃が、闇を切り裂く。
戦いは、夜を徹して続けられた。上町から放たれた火の手が、大坂の空を赤く染めていく。
それは、元和六年の冬、大坂が再び「戦場」と化した夜であった。
【本日のお献立:祈りの夜の兵糧】
玄米の黒握り: 戦う男たちのために、梅子と松子が「籠城」の思いで握ったもの。腹持ちを良くするため、胡麻をたっぷりとまぶした。
鉄火味噌の薬味添え: 冷え込む夜の捕物、凍える指先を温めるための滋養。
(梅子の独白): 「……空が赤い。源之丞さん、どうか、あの火の中にいないで。……お父ちゃん、源之丞さんを守って」
【後書き:時代考証】
東町・西町の合同事件:
大坂町奉行所は東と西の二つに分かれていましたが、キリシタン摘発や大規模な火災、暴動などの「大坂全体を揺るがす事態」に際しては、奉行同士の合意の下で合同捜査や一斉検挙が行われました。
元和のキリシタン弾圧:
元和六年、幕府によるキリシタン弾圧は一層厳しさを増していました。大坂はかつて小西行長や高山右近ゆかりの地であり、地下に潜伏するキリシタンが多いと目されていました。




