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梅の屋:騒動記  作者: velvetcondor guild


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第二十二話:句会の余白、墨香に潜む牙

『梅の屋:騒動記』


第二十二話:句会の余白、墨香に潜む牙


「……吉本、佐々木。此度の句会、ただの遊びと思うなよ」

西町奉行所の奥まった一室。与力・内藤が、低い声で二人の同心に告げた。

北浜の商人や、出世街道から外れた下級武士たちが集い、夜な夜な催されている「風流句会」。だがその実態は、宗久が捕縛された後も絶えぬ「密貿易」の新たな会合の場であるとの噂が、お城の耳にも入っていた。

「潜入、というわけですな。……源之丞、お前のその堅苦しい顔、少しは『風流』に崩せよ?」

兵馬が隣でニヤリと笑う。源之丞は藍色の小袖の襟を正し、静かに頷いた。

その夜。北浜の古びた料亭の離れ。

行灯の薄明かりの中、十数人の男たちが集まっていた。

「……さて、次の一句。誰か、良い季語をお持ちかな?」

源之丞と兵馬は、商家の若旦那を装い、末席に座していた。

参加しているのは、没落しかけた家格を嘆く下級武士や、強欲な新興商人たち。彼らは言葉の端々に、「異国の香」や「銀の重み」といった、風流とは程遠い符牒を忍ばせている。

「……此度の『海風』は、一段と強いようですな。長崎からの荷も、さぞや潤うことでしょう」

一人の老商人が、懐から小さな銀の煙管きせるを取り出し、不敵な笑みを浮かべた。

源之丞は、その煙管の細工に目を留めた。

(……あの細工、道頓堀の偽造札や、三河屋を殺めたアイクチと同じ、あの異国の『鱗』の意匠だ)

その時、一人の下級武士が源之丞に声をかけた。

「……新顔の御仁。一つ、大坂の夏を詠んでみてはどうか」

源之丞は、板場で梅子が一番出汁を引く姿、そして松子が庭の朝顔に水をやる静かな時間を思い浮かべた。

「……『淀の水、清きを願う、夏の宵』」

源之丞が詠み上げると、一座に一瞬の静寂が流れた。

「……ほう。淀の水を清くあれ、とな。……だが、泥水でなければ咲かぬ蓮もございますぞ」

老商人の目が鋭く光る。

「……旦那、あそこの掛け軸の裏。誰か潜んでいやがる」

兵馬が、誰にも聞こえぬ小声で源之丞に耳打ちした。

句会の最中、背後の闇で、抜き身の刀が触れ合うような微かな金属音が響いた。

「……兵馬、合図と同時に踏み込むぞ。……ここは句会ではない、大坂を売り飛ばそうとする者たちの墓場だ」

源之丞が立ち上がろうとしたその時、廊下から聞き覚えのある、明るい声が響いた。

「すんまへーん! お夜食の『梅の屋特製・冷やし茶漬け』、お持ちしましたー!」

「なっ……梅子!?」

源之丞が驚愕する。

そこには、店の看板娘として堂々と膳を運んでくる梅子の姿があった。彼女は源之丞の危機を察したのか、あるいは自ら「匂い」を嗅ぎつけに来たのか。

一触即発の句会に、大坂の日常を象徴する「出汁の香り」が乱入した。

【本日のお献立:句会の潜入・隠し味膳】

梅の屋特製・冷やし出汁茶漬け: 潜入した源之丞と兵馬のために、梅子が密かに用意した夜食。焼きおにぎりに冷たい煎茶出汁をかけ、山葵を利かせた。緊張を解き、頭を冴えさせる一品。

茗荷みょうがの芯の天ぷら: 「忘れっぽくなる」という迷信を逆手に取り、余計な詮索をさせないための洒落。

琥珀の煮こごり: 句会の雅な雰囲気を壊さぬよう、見た目も美しい魚の煮こごり。

【後書き:時代考証】

風流句会と密談:

江戸時代、俳諧や連歌の会は、身分を超えた交流の場として重宝されました。しかし、その匿名性の高さから、実際には犯罪の謀議や密売の商談に使われることが多々ありました。

下級武士の不満:

元和以降、天下泰平が続く中で、戦う場を失った下級武士たちは経済的に困窮しました。そこを商人につけ込まれ、密貿易などの片棒を担がされる「堕ちた侍」が社会問題となっていました。



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