表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
梅の屋:騒動記  作者: velvetcondor guild


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/30

第十話:高麗橋の凶刃と、血に濡れた鱗

『梅の屋:騒動記』


第十話:高麗橋の凶刃と、血に濡れた鱗


「……こらあかん。旦那、見てくだせぇ」

東横堀の泥濘ぬかるみから引き上げられた仏を前に、辰三が苦い顔で膝をついた。

検死の場となったのは、高麗橋近くの河原に急ごしらえされたむしろの上である。

源之丞が仏の衣服を剥がさせると、そこには目を覆うばかりの惨状があった。

「……刺し傷が、四、五箇所。それも、ただの喧嘩じゃねぇ。アイクチで一突き、動かなくなったところを念入りに。……手慣れた仕事だ」

源之丞の言葉に、下っ引きの茂平が顔を背ける。

仏の正体は、船場の足袋問屋『三河屋』の若旦那・清次郎(三十歳)と判明した。昨夜、茶屋へ行くと言い残したまま、行方知れずになっていたという。

「梅子殿が言っていた『鱗』はどこだ」

源之丞が問うと、辰三が仏の喉元、襟にこびり付いていたものを慎重に剥がし取った。

「これです。……銀色に光ってやがるが、大坂湾で上がる真鯛や鰯の類じゃねぇ。もっと硬くて、はがねのような質感だ」

源之丞は、その鱗を懐紙に包み、唇を噛んだ。

「三河屋といえば、淀屋とも商売のある大店だ。その若旦那が、なぜこれほどの惨殺に遭わねばならん。辰三、茂平。ここからは足だ。清次郎が昨夜立ち寄った茶屋、付き合いのあった商い相手、すべて洗え。……人相書きを急ぎ手配せよ。目撃者が必ずいるはずだ」

その夜。

「梅の屋」の座敷には、いつもの華やぎはなかった。

源之丞は、三姉妹が新調したばかりの着物を愛でる余裕もなく、板場の隅で辰三が持ち込んできた報告を書き留めている。

「……源之丞さん。これ、お夜食や」

梅子が、静かに一膳の小皿を置いた。

「……『鰯のつみれ汁』か。……すまん、梅子殿。今夜は、魚を見るのも少しばかり……」

「わかってる。せやから、骨も皮も全部叩いて、何かわからんようにしてある。……それと、これ。お母ちゃんが三河屋さんの奥様から聞いた話やけど、清次郎さん、最近道修町で『妙な薬』を買い漁ってたらしいわ。身体が悪いわけでもないのに」

「薬だと……?」

源之丞の筆が止まる。

東横堀の殺し、謎の鱗、そして道修町の薬。

バラバラの断片が、大坂の闇の中で一つの線に繋がろうとしていた。

「辰三、明日は道修町の薬種問屋を当たる。……茂平、お前は雑喉場の魚市場だ。この『鱗』が何のものか、目利きの甚平に鑑定させろ」

源之丞の静かな指示に、男たちの目が鋭く光る。

元和六年の大坂を揺るがす大事件の端緒を、彼らは確かに掴みかけていた。

【本日のお献立:板場の知恵・沈黙の夜膳】

いわしの叩きつみれ汁: 仏を見た後の源之丞の心境を察し、梅子が鰯の身を極限まで叩き、形を消したもの。生姜と白味噌で臭みを消し、滋養だけを体に染み渡らせる。

蓮根の金平きんぴら: 「先が見通せるように」という梅子の願いを込めた、歯ごたえの良い一品。

冷やし飴: お菊が用意した、麦芽糖と生姜の飲み物。聞き込みで疲れ果てた男たちの喉を潤す。

【後書き:時代考証】

アイクチ(合口/匕首):

つばのない短刀のこと。懐に隠しやすく、至近距離での暗殺に用いられました。刀を抜くよりも「音を立てず、確実に」命を奪うための凶器であり、犯人が堅気かたぎではない可能性を示唆しています。

人相書きと聞き込み:

江戸時代、重大事件が起きると奉行所は犯人の特徴を記した「人相書き」を各町名主に配布し、木戸門などに貼り出しました。しかし、実際に解決の決め手となるのは、辰三のような岡っ引きが茶屋や盛り場で集める「噂話」の集積でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ