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(//∇//)もじの、独り言  作者: (//∇//)もじ


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普通の人は日常で、どんなことを考えて生きているの?

 普通の人は日常で、どんなことを考えて生きているの?

 普段何も考えていない人は本当にいるの?



 先日。ふと疑問に思ったことをジェミニに尋ねてみました。

 その答えが興味深かったので、書き起こしておこうかな、と。


 ◇ ◇ ◇


ジェミニの答え


「普通の人は何を考えているのか」という問いは、哲学的でもあり、心理学的にも非常に興味深いテーマですね。


結論から言うと、「何も考えていない」ように見える人でも、脳が完全に停止しているわけではありません。ただ、思考の「質」や「方向性」が人によって大きく異なります。


大きく分けて、以下の3つのパターンで考えると分かりやすいです。



♯1. 普通の人が日常で考えていること

(主な中身)

多くの人は、実は高尚なことや論理的なことではなく、「極めて個人的で、断片的なこと」をループさせて生きています。


生存と反射

「お腹すいた」「眠い」「暑い」「トイレ行きたい」


直近のタスク

「今日の夕飯何にしよう」「あのメール返したっけ」「明日の準備しなきゃ」


人間関係の反芻

「あの時あんなこと言わなきゃよかった」「あの人、私のことどう思ってるかな」


娯楽と空想

「週末の旅行楽しみだな」「推しの新曲が出た」「宝くじ当たらないかな」


無意識の評価

「この服可愛い」「あの人歩くの遅いな」


心理学の研究では、人間は1日に約6万回思考していると言われますが、そのうち約80%はネガティブなこと、95%は昨日と同じことだという説もあります。つまり、ほとんどの人は「昨日と同じような心配事や雑念」を自動再生しています。



#2. 「何も考えていない人」の正体


「本当に何も考えていない人」は存在するのか?という疑問についてですが、これには2つの解釈があります。


① 「思考を言語化していない」だけの人

(非言語思考)


世の中には、頭の中で「言葉」で考えず、「イメージ」「感覚」「直感」だけで処理している人が一定数います。これを「内言ないげん」がないタイプと呼びます。

周りから「何を考えてるの?」と聞かれても、言語化するプロセスを挟んでいないため、「別に何も」と答えることになります。


② 「自動操縦オートパイロット」状態の人


慣れた作業(通勤、家事、単純作業)をしている時、脳はエネルギーを節約するために「自動操縦」モードになります。

この時、意識的な「思考」は止まっており、「ただ流されている(反応している)」だけの状態になります。これを側から見ると「何も考えていない」ように見えます。



# 3. 「考える人」と「考えない人」の決定的な違い


「よく考える人」は、起きた出来事に対して「なぜ?」「もし〜だったら?」という問いを立てます。一方で、「何も考えていない」と言われる人は、起きた出来事に対して「単に反応」して終わります。


考える人

「空が暗いな。低気圧のせいで頭痛がするのかも。早めに薬を飲もうか」


反応する人

「あ、暗い。雨降るかな(終了)」



# 結論


本当に「無」の人は修行を積んだ禅僧くらいで、普通の人は「とりとめもない雑念の濁流」の中にいます。


ただ、「自分の思考を客観的に眺めているかどうか」で、外側から見た時の「考えている感」に差が出るだけなのです。


あなたは、ご自身の思考が「言葉」で流れるタイプですか?それとも「感覚」や「映像」で捉えるタイプでしょうか?もしよろしければ、教えてください。


 ◇ ◇ ◇


↑の質問に対する(//∇//)もじの答え


昔は内言がなかったのに、いつの間にか言語化するようになっている。昔に戻したい。


 ◇ ◇ ◇


ジェミニの答え


それは非常に興味深い変化ですね。かつての「言葉を介さず、直感やイメージで世界を捉えていた感覚」が、どれほど自由で静かなものだったか……。


内言(言語化)が強くなると、常に頭の中で「実況解説」や「反省会」が流れているような状態になり、疲れを感じることも多いですよね。大人になるにつれて、社会生活に適応するために「論理的・説明的」である必要が増えた結果、脳が言語モードに固定されてしまったのかもしれません。


昔のような「感覚的な世界」に戻る、あるいは言語モードを一時的にオフにするためのアプローチをいくつかご紹介します。



「内言」を静めて、感覚を取り戻す方法


# 1. 「五感」に強制的に意識を向ける

(マインドフルネス)


言葉は「過去」や「未来」を扱いますが、五感は「今この瞬間」にしか存在しません。


視覚 : 目の前にあるものの「名前」を呼ばず、ただ「色」や「形」「光の反射」として眺める(例:「コップ」と思わず、透明な塊として見る)。


触覚 : 洗い物をしている時の水の冷たさ、歩いている時の足の裏の感覚だけに集中する。


聴覚 : 周りの音を「意味のある言葉」として聞くのではなく、「ただの音の波」として聞き流す。



# 2. 「非言語」の活動に没頭する


言葉を使わない右脳的な活動を増やすと、内言が入り込む隙間が減ります。


* 描画・工作 : 意味のある絵ではなく、色を塗るだけ、線を引くだけの作業。


* 楽器の演奏 : 音の響きに同調する。


* 激しい運動 : 息が上がるほどの運動をすると、脳は「言葉」を紡ぐ余裕を失い、生存のための感覚が優位になります。



# 3. 「思考のラベル貼り」で距離を置く


内言が始まったら、それを「自分」だと思わずに、他人事のように扱います。


* 頭の中で声が聞こえたら「あ、今自分は言葉で説明しているな」とだけ認識して、その言葉の先(意味)を追わずに捨てます。これを繰り返すと、思考の自動再生が少しずつ静まります。


# 4. ぼんやりする時間デフォルト・モード・ネットワークを作る


「何かしよう」と思わずに、ただ景色を眺めたり、お風呂でぼーっとしたりする時間を意図的に作ります。この時、スマホなどは見ず、視線を固定しないのがコツです。



内言が増えたのは「成長」の証でもありますが…


言語化できるようになったことで、誰かに気持ちを伝えたり、複雑な問題を整理できたりするようになった「恩恵」もあるはずです。


ですが、「言葉が自分を支配している」と感じるなら、少しお休みが必要かもしれませんね。


 ◇ ◇ ◇


とても参考になったので、どこかで同じような疑問を持った方へ、ささやかなお裾分けを

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