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クズ旦那に離婚届、叩きつけてやったw

「え、予約してないの?」


 駅ビルのレストラン街。並んでいるのはたったの三組。 だというのに、彼はまるで世界の終わりでも見たかのような絶望顔で私の顔をのぞき込んできた。


(なんだ、コイツ)


 それが、記念すべき初デートで私が抱いた最初の感想だった。


「あ、じゃあ隣の高級フレンチ行こうよ。あっちなら空いてるし。あ、もちろん君の奢りでね。俺、今『徳』を積んでる最中だから、金払うと運気逃げちゃうんだよねぇ〜。」


(なんだ、コイツ)


「徳」と「運気」を盾にした、人類史上最もスタイリッシュな無心。 だが、当時の私はどうかしていた。

「この人、スピリチュアル系なのかな?」と無理やり納得し、震える手でゴールドカードを差し出したのだ。


「あ、ついでに帰り、タクシー代もらえる? 駅から家まで歩くと、俺の繊細な膝がびっくりしちゃうからさ〜、ごめん!」


(なんだ、コイツ)


 膝のコンディションを理由に千円札を抜き取られたあの夜、私はなぜ逃げなかったのか。 そのまま結婚という名の「泥沼」へダイブした私は、それから三年間、毎日この「なんだコイツ・フェスティバル」を開催することになった。


 結婚三年目のある夜。 健太はソファに寝そべりながら、足の指で私を指差した。


「え、今日メシこれだけ? 俺さぁ〜、今は口の中が『牛』の気分なんだけど。この焼き魚、俺の胃袋が拒否してるわ〜肉、肉料理出して。

 はやく、はーやく。」


(なんだ、コイツ)


 既に、私の耳には、彼の言葉がすべて「ブモォ〜」という牛の鳴き声にしか聞こえなくなっていた。


「あ、ついでにコンビニ行って酒買ってきて。あ、俺の小遣い使うと俺の『心の平穏』が乱れるから、全額君の財布からね。愛してるよ」


(なんだ、コイツ)


 寝言は寝て言え。いや、寝てても言うな。 私は無言で立ち上がり、キッチンのカウンターに置いてあった「それ」を、彼の顔面にふわりと着地させた。


「おい、なんだよ。顔に紙乗っけんなよ……ん? 緑色?」


 健太が、お菓子のゴミを払うような手つきでその紙を手に取る。


「……離婚届? なんだよこれ。え、俺の誕生日のサプライズ? 『実は離婚したくなるくらい愛してるよ』っていう高度なジョーク?愛が余って憎いとか?あいぞー?」


(なんだ、コイツ……)


 その発想の飛躍には、さすがの私も感心してしまった。

 宇宙人か。しね。頼むから死んでくれ。


「あ、それ? 記入済みの離婚届。今日で『君の奢り』キャンペーンも終了。じゃ、私これから実家帰るから。あ、あんたの財布からタクシー代も抜いといたよ。わ、私の『膝の治療費』に比べれば安いもんでしょ?」


 私が荷物を掴んで玄関に向かうと、健太はソファから転げ落ち、情けない声で叫んだ。


「待てよ! 明日の俺の朝飯はどうなるんだよ! 俺の胃袋は明日の朝、『厚切りジェイソン』ならぬ『厚切りベーコン』の気分なんだぞ!」


「知らねーよ。だ、黙って....自分の徳でも食ってろ!!」


 ドアを閉める直前、最後に見た彼の姿は、リモコンを探すときのようなマヌケな顔で離婚届を見つめる姿だった。


(なんだ、コイツ……)


 夜風が、驚くほど美味かった。

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