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9.帰還

 巨大な犬(ネメシスという名を教えてもらった)の背に揺られ、真っ暗な洞窟を進む。象ほどの巨体でも悠々と進めるほど広く、どことなく、体育館の天井が思い起こされた。


 そんな、懐中電灯を使って暇つぶし。天井を見たり、壁を見たり。変わらない景色に、少し飽きてきたタイミングで、視界が大きく開けた。


 地割れに落ちる前、ダイナをからかっていたときに見た景色だ。


「どうやって移動したのよ?」

「廃棄口を管理する権限が与えられている」


 マスターキーの様なものだろうか。


「じゃあ、廃棄口を辿れば、最深部にも行けたりするんじゃない?」

「行けるが、行けない」

「言葉が足りない」

「方舟の奥は、魔力濃度が上がりすぎている。入れば一瞬で意識を失うだろう」


 いや……、それって私達も危なかったのでは?


「じゃあ、このままダンジョンを進んでいたら、どんどんと魔力濃度が濃くなっていって、私達の侵食も酷くなっていたってこと?」

「だから、急いで安全な場所に連れ込みたかった」


 その優しさだけは認めてやろう。


 くしゃくしゃと、その長い毛を撫でている内に山を降り、草原が見えると、小さくワゴン車が見えてくる。テントは健在であったが、そこに寛ぐ人は見られない。……いや、一人居た。もしかしたら、戻ってくるのを待っていてくれたのかもしれない。


「おーい! ノゾミーッ!」


 大きく声を上げ、右腕を伸ばして左右に振る。ターフの日陰にいた彼女は、大きく跳ねるようにこちらに目を向けた。普段から表情に乏しい彼女の見せる、驚愕の顔。なんだか少し、申し訳ない気持ちが湧いてきた。


「……なに、その、これなに?」


 近寄った際に掛けられた言葉。戸惑う気持ちは私もよく解る。そして、近寄っても攻撃しなかった冷静さを褒めたいとも思う。


「ちょっとした偶然から、物凄い事実が判明した」

「えぇ?」


 困惑した表情を崩さないのは、なんだか可愛らしい。けれど、流石に何の説明もなしでは、彼女も困るだろう。


 しかし出来れば説明の手間を省きたいため、みんなが揃ったところで話したい気持ちもある。


「それを説明したいんだけど、みんなって、やっぱり私を探してくれているよね?」

「うん。でも、合図は決めてある。みんな、直ぐに戻ってくると思う」


 そう言って、彼女は遠く、山の方へ視線を向ける。そうして腕を振り上げると――、山に生えた数本の木が、切断されて崩れ去った。


 彼女の能力は、〈ブレイド〉。対象を定め、線の動きをすることで、それを切断することが出来るのだ。目線を動かすことでも切断出来るが、動きが大きいほど、切断する威力や範囲が大きくなる。


 私たちの中で、一番戦闘に寄った能力だろう。


「これで伝わったと思う」


 その結果はすぐに現れ、草原の奥から火柱が上がる。別の方向では花火が上がる。そうすると、空を飛ぶ人間が二人現れる。


 恐らく、能力によって空を移動した、ダイナとメリッサだろう。ダイナは重力と圧力を操作して、メリッサは自身を射出することで空を飛ぶ。そうして、残る二人を連れてくるのだろう。


 その間に、私はネメシスの背から降りることにした。


「ネメシス、ちょっと伏せて。そんで、ゆっくりと横になって。……そう。そんな感じ」


 地面につける足は、なるべく右足。右手で毛を掴んでいなければならないから、視界の確保がしにくくて降りずらい。


「大丈夫? もしかして、怪我をしてる?」

「うん。ちょっと、肩と腰を打ったみたい。折れてはないと思うけど」

「っ!? す、すぐにアリスマリスに連絡する!」


 そう言って、ワゴン車まで駈けていくノゾミ。ワゴン車のハザードランプと灯せば、それが帰還の合図なため、全員揃い次第すぐに転移が行われるだろう。


 となると……。


「ネメシス、私は直ぐに外に出ることになると思うけど、ちゃんと、また会いに来るから。入り口の側で待っていて」

「分かった」


 エミカを抱えたダイナ。サキを背負ったメリッサが到着をする。その直後にハザードが焚かれ、私達は外への帰還を果たした。


 ※


 視界が切り替わり、広がるのは我らがアパート。この転移は、例えるならスマートフォンの保存された写真を、スライドして見るようなものだろうか。そのような感じで、急に景色が切り替わる。


「アトリッ! 大丈夫か、急にサーチ出来なくなるから心配したんだぞ!」


 駆け寄ってくるアリスマリスに抱きつかれ、私は思わずたたらを踏んだ。


「いったぁ!? ちょ……、ちょっと待とうかアリス。肩と腰が、ちょっと痛むからさ」

「そうなの!? 回復魔法……は、私は使えないし、メディック、メディーック!」

「落ち着きなさい。アトリちゃん、そこのベンチに座りましょう」


 間に割って入ったサキによって、私はアパート、温泉に通じる扉の側に置かれたベンチへと導かれる。そこで、簡単な診察のようなものを受けた。


「サキさんって、医療に詳しいの?」

「多少、ね。それより、骨には異常はないと思うわ。念の為病院には行ったほうがいいと思うけど……」

「あ、じゃあ、アタシ、カイさんに連絡してくる!」

「お願いね、エミちゃん」


 いや、ここで抜けられるとちょっと困る。


「いや、その前に話を聞いて。結構、重要なことだから」


 そうして、みんなの前で私が知り得たことを伝えていく。黙って聞いてくれたみんなの顔は、やはり、難しい問題に直面したかのようなものだった。


「ごめん、解らないことが多すぎる」

「ですよねー」


 代表して答えてくれたアリスマリスの気持ちと、私の気持ちはきっと同じだ。


「でも、私達が迂闊だったことは理解した。そうか、アトリのご飯をモンスターに食べさせれば良かったんだ。なんでそのことに気が付かないかなぁ。おまけに血脈。どんなものかは分からないが、力を発現する素質のようなものかな? それがメガダンジョン――方舟が現れた世界に伝わるのだとしたら、私たちの世界にだって存在したはず。くそぅ、完全に出入りを管理するのは失敗だった、ってことじゃん。でも、それだと能力者が溢れことになるし……。なにより、先に進めば身の危険があったって? くそっ、なんだこのややこしい仕組みは!」


 言いたいことを全部言ってくれた。


「まぁ、下はと言えば不具合みたいだし、とりあえず、直るかどうかはネメシスに訊いてみないとね。廃棄口の管理を任されているらしいし」

「それが、あの時襲ってきた犬っコロの名前っすか? 最初からそう言ってくれたらいいのにさぁ」

「一応、ちゃんと声はかけてくれたみたいだけどね」

「あんな不気味な声かけ、通報ものよ」


 隣に腰掛けたサキは、額に手を置いて溜息をついた。


「私達がいない間に、色々あったんですねー」

「だねー。メリちゃんとアタシ、完全に疎外感だよ。ノゾミンは、その、ネメシス? 見たんだよね? 私、なんかでっかい毛玉があるとしか思えなかったんだけど」

「可愛い顔してた」

「撫でてー」


 それは、次にダンジョンに入った時のお楽しみだろう。今はちょっと、休憩をしたい。


「はぁ。言いたいことを言えたら、どっと疲れてきた。トイレ行きたい」

「女の子がそういった事を言わないの。……歩ける?」

「ありがと、サキさん。まぁ、大丈夫。とりあえず部屋に戻るから、その間に連絡お願い。……いや、階段ダルいわ。目の前の温泉のトイレ使えばいいじゃん。はぁ、頭働いてないわぁ」

「連絡、アタシの役目だね。ちょっと電話してくるよ」

「私も、関係各所に連絡しとく。はぁ、この状況は予想外だわぁ。アトリに怪我をさせたとか、怒られるぞー。メリッサも、報告書に書く内容は考えたほうが良いよ」

「うーん、それは、もう少し事実が明らかになってからですね」

「じゃあ、メリッサさん。俺と車の荷物降ろしません? どうせ、キャンプを続けるのは無理だろうし。他のみんなも、手が空いたら手伝ってくださいよ」


 そうして、それぞれが動き出し、私は病院へと運ばれた。念の為、一晩入院することになり、アパートに戻ることが出来たのは、翌日のことだった。


 今は、心からこう思う。……カレー、作り置きしておいてよかった。

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