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4.シリアスなんてない

 私の朝は、お弁当作りから始まる。


 それはわざわざ喫茶店を開けるまでもなく、部屋に備え付けられているキッチンで、充分間に合うもの。予約した時間に炊飯は終わり、卵焼きを作り、彩りの野菜とその日の気分によって変わる一品を入れる。


 今日は、生姜焼きの気分だった。


 おかずで埋め尽くされた弁当箱に満足したら、最後におにぎりを作る。中に入れる具は、注文がなければ気分に従う。どれにしようかな~、と指で順番に指しながら、買い置きをしているものの中から選び出すのがいつもの流れだ。


 今日は、鮭のフレークが選ばれた。


 これを、二、三人分。日によって誰がどんな任務に当たるのか変わるため、事前に聞いたオーダー通りの数を作る。


 今日は二人分。エミカとノゾミが夕方までの探索なので、弁当が必要なのだ。他のメンツのスケジュールは、サキはメリッサの訓練を担当。ダイナは、このダンジョンにおいて最も重要な作業を、午後から担当することになる。


 レアメタルだのなんだのという、喉から手が出るほど欲しい数々の素材が、ここでは採れるのだ。


「それに依存する前に、ダンジョンをなくしてしまいたい。なんて、贅沢な悩みだよねぇ」


 一仕事終えたら、二度寝タイムである。完成した弁当に、朝思ったことをなんとなく伝えると、私のスイッチはすっかりオフになってしまう。この状態でタバコを吸うなんてことは危険極まりないので、至福のときは一眠りしてから――。


「アトリさーん、起きてますー?」


 忌々しいチャイムの音は、耳を塞いで聞こえないふりをしたいくらいだ。


「寝てまーす」

「良かったー。おにぎりの具、昆布が良いって伝え忘れてたのを急に思い出したんですよー」


 あー、夢見やらなんやらでふと起きた時に、なんとなく思い出すと居ても立ってもいられない居られなくなるやつだ。私もたまに経験があって、冷蔵庫を開けて卵の数を確認してしまったり、パンの消費期限を確認したり。


 なんとなく、気になりだすと落ち着かないのだ。


「悪いけど、今できたとこなんだよね」


 ドアを開けて顔を出すと、申し訳なさそうなエミカが立っていた。


「あー、やっぱり遅かったですよね? すみません」


 アパート公式の寝間着である浴衣を着ているところを見ると、今ならまだ間に合うかも、と急いできたのだろう。


 慌てたように首元で纏められた髪は、ピンクに染っているチラリと覗くのは、青いインナーカラーだろうか。その手の用語には馴染みがないため、私にはよく分からない。


 そんな華やかな頭と違って、ボーイッシュな服を好むのだから、人の趣味は分からない。


「寒いでしょ。上がってく?」

「良いですか? 寒くて二度寝する気にもならなさそうだったんですよねぇ。この時期、朝晩冷えますよね」

「そうそう。朝の日課はリモコン操作だよ」


 そろそろ、エアコンも買い替え時だろうか。絶賛仕事中のエアコンには失礼なことを考えつつ、室内に迎え入れ、温かいコーヒーを提供する。生憎、部屋にはインスタントしかないのだが。


「アトリさんの部屋、ソファーが気持ちいいから好きー」

「ゲーミングチェアを買うときに、ついでに拘ったからね。なんでも好きなのを買ってくれるっていうから、つい」

「良いなー。アタシってば、ビビって程々のにしちゃったんですよ」


 タダほど怖いものはないと言うし、それが普通の判断だと思うけどね。私はゲーミングチェアでタガが外れた。選ぶときに座った感覚が、忘れられなかったから。


「で、今日のおにぎりの具は鮭フレークなんだけど」

「あー、それはそれで最高です。梅干しだったら、ちょっと後悔」


 まぁ、このアパートで梅干しを好むのはサキぐらいだし、頻繁に入れることはないのだけど。


「そういう小さいことがモチベーションに繋がるからね。エミちゃんって昆布が好きなんだ」

「いえ、そういうわけではないんですけど、昨日、テレビでやってたんですよねぇ」

「グルメ番組?」

「いえ、お笑い番組なんです。海の中で出汁が出ないのはなんで? みたいな」


 懐かしい。


「もしかしたら、ダンジョンの中にあるかもね。海の中で出汁を出す昆布」

「そしたら、海水でも飲んじゃいそう。海、海かぁ。安全が確保できれば、遊んだりもしたいんですけど」

「海はまだなんだっけ?」


 メガダンジョンの中はいくつものエリア、いくつものフロアに分かれていて、司令塔とも言えるボスのような存在を倒すと、ある程度の安全は確保される。そうして階層深くまで進んでいるのだが、その道のりの中に海もあった筈だ。


「海岸線は安全なんですけどね、海の中はまだまだなので、泳ぐのには不向きなんですよー。メリッサが水中でも行動できる能力なら良かったんですけど」

「違ったんだ。そう言えば、まだその話は聞いてないかも」

「あの子の能力、〈シャトル〉って名付けられました。触れたものを高速で射出するんですよ。厄介な敵でも触れれば遠くへ飛ばせられるので、なかなか強力です」

「じゃあ、エミちゃんの〈物質変化〉と相性良いじゃない」


 エミカは触れたものをある程度は好きなものに変化させられるから、爆弾でも作って射出してもらえれば、効率よく攻撃が出来る。


「それを見越しての、命中精度を上げる訓練。固定コンビになったら、忙しくなるなー」


 嬉しそうな表情だ。効率的な周回方法は心の栄養ドリンクだ……、というのは、ゲームに毒されすぎだろうか。彼女は確か、あまりその手のゲームをしないから、意味を理解してもらえないだろう。


「あ。忙しくなると言えば、アトリさんも忙しくなるかもですよ」

「私も? ……ははぁん。遂にってことか」

「そういうことです」


 私が忙しくなる。すなわち、料理を作る機会が多くなる。ともすれば、それはメガダンジョンの構造の話に戻すことになる。


 メガダンジョンには様々なエリア、フロアがあるのだが、エリアに関してはこの部屋と同じようなもので、玄関からリビング、そしてキッチンには遮るものがないため、警戒がしやすい。けれど、フロアに関しては階段を降りなければならないため、安全を確保するためには、しっかりとした調査が必要となる。


 だいたい、階段があるエリアの安全を確保する。それまでは、ダンジョンに籠もりきりにならなくてはならないのだ。つまり、私も同行して料理を作るという――、キャンプが始まるのである。


「冬間近の時期にキャンプインは、まぁ、いい感じかな。チョコレートが常温でも溶けないありがたい時期」

「わかる~。夏場なんかは最悪ですもんねぇ。うっかり部屋に置いたままにしてしまったら、もう、飲むか捨てるかの選択」

「もう一度固める選択はないんだ」

「それは美味しくないじゃないですかー。申し訳ないと思いつつも、自分のうっかりに落ち込むんだよなー」


 日持ちしなさそうな食材は、早い内に使っておいたほうが良さそうだ。 

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