3.唯一の外
アパートの前に止まったタクシーに、私はメリッサと共に乗り込んだ。ワゴンタイプのタクシーで、集落の人たちは乗合バスのようにして使っている。
運賃は、どこから乗っても、どこで降りても、どこへ行こうとも一律五百円。その秘密は――。
「はい、これメリッサの分ね。事前に預かっておいたんだ」
「カード、ですか?」
「証明書のようなもの、かな。これから通る集落の人達も持っていてね。秘密を口外しない代わりに、タクシーを安く使えますよ、っていう証明」
なので、一般の方からはきちんとメーター通りに徴収している。運転手は若く、個人タクシーではない。このタクシー会社も、私達の協力者だ。
「新人ちゃん。お出かけの際は忘れないようにね。何かあった時に、警察やらなんやらに見せなきゃならないから」
運転席から声を掛けてきたのが、昨日の歓迎会でも話が出た、カイだ。
彼もかつては対策部隊に所属しており、その縁でこのタクシーを担当するようになった。彼が離れて空いた席に、私が埋まった、という関係でもある。
「身分証、みたいなものですか?」
「逆。私たちの場合は記載内容が少し違って、身分証を見せなくてもいいように、って感じかな。一応、極秘部隊ってことになっているからね。隊員も秘密」
それをタクシーで説明するように、と仰せつかっていたのだから、もしも彼女が断っていたら、困っていたところだ。
連帯感を生むためだとかなんとかで、この手の説明は自分たちで、と言うのが、半ばお約束のようなものだった。以前は年長のサキが行っていたが、明確なサポート要員でもある私が加入してからは、専ら私専用のようになっていた。
と言っても、説明したのは彼女で三人目だ。エミカで初回を迎え、続いてのダイナから数えて一年ぶりのことである。もっとも、彼の場合は父親から選別として受け取った自家用車があったため、殆ど利用されていないらしいが。
「なるほどー。知っているのは家族だけ、ですね」
「そう。そこは同意を取るようにしているみたいだからね」
「俺の親父なんて、口止め料でバイクを買ったんだぜ? それでお袋と喧嘩してさぁ。売って得た金で買ったのがキャンピングカー。しばらく別居だったらしい」
「そうなんですねー。うちの親は、使わずに取っておくと言っていました。いつか私が戻った時に、パーティーをするんだって」
どうだ、良い子だろう。そう視線を向けると、眩しそうに顔を背けた。タクシー運転手なんかよりも、ホストをしたほうが似合いそう、という人相に違わず、横顔も見惚れるくらいに整っている。
では、女性の扱いに慣れているのか、と言えばそうでもなく、何故か女性比率が高いばかりに、なかなか肩身の狭い思いをしたそうだ。主に、温泉の時間割で。
「それじゃあ、シートベルトを付けておくんなまし。出発いたしますわよー」
「はーい。峠を攻めるんですね!」
「え、いや、安全運転ですよ?」
「……そうなんですねー」
この子はちょっと、純粋すぎるのかな?
※
走り出して十分ほどで集落を通り過ぎ、更に三十分も過ぎれば、国道に出る。その頃には民家よりも商業施設の割合のほうが多くなり、目的の総合スーパーも紛れるように建っていた。
駐車場は広く、敷地内にあるホームセンターと共同。コンビニは道を挟んで向かい側だ。
「今日はスーパーの案内だけの予定だけど、ホームセンターも見てみたいなら、先に寄るよ?」
タクシーから降り、メリッサが降りるのを待ち受ける。手を差し出しながら、そう問い掛けた。
「いえ、ホームセンターはゾンビに襲われたときに取っておきます」
それなら一生、足を踏み入れることはなさそうだ、という感想は、微笑みで隠しておいた。恐らく冗談なのだろうけれど、若干、天然さを感じされる性格だからか、いまいち判断しづらいところがある。
滑るのを承知で駄洒落を言う私とは、根本から違うツッコミ誘引剤なのだろう。
「ゾンビだけに、一心不乱に逃げ込むわけだね」
「一心不乱? ……オゥ! 腐乱ですね!」
通じたようで何よりだ。
「イチャついてないで、さっさと行くぞー」
荷物持ちの自覚があるカイに急かされて、私達は自動ドアをくぐる。肌にまとわりつくような、体を包み込むような空調を肌で感じると、今の季節がより体感できる。
もう、冬は直ぐそこまで来ていた。
「いつもの野菜は、注文済みなんだろ?」
「そう。肉もね。ダンボールに詰めてくれているから、あとは受け取って会計するだけ。それと、鍋つゆなんかも買っておきたいなぁ。自家製だとバリエーションに困る」
「あー、今、種類豊富だもんなぁ」
「キムチ買ったり豆乳買ったり、荷物が嵩むしね。それに、買ったが最後。鍋以外の用途も考えなければならない。あいつら、普段そういうの食べないしね」
「ご苦労さん」
「日本の鍋、まだ体験したことがないので楽しみです!」
そういう言葉が、励みになるってものだ。
なんて話をしながらも、荷物の多い食材の買い出しは後回し。先ずは、店内を見て回ることにした。
一階には食料品のほか、衣料品やゲームコーナー、フードコートがあり、二階に上げれば本屋や電化製品、雑貨やCDショップ、百円ショップ等がある。ここだけでも充分なほどの品揃えなのだが、専門的な道具となると、やはりホームセンターも必要になってくる。
今回の用事は、基本的に一階で済ませられるものばかり。なので私達はゆっくり見る時間を確保するために、直ぐに二階へと上がった。
「CDショップもあるんですね」
「基本的にネットでどうとでもなるんだけど、喫茶店にはプレイヤーがあって、スピーカーなんかも良いのが揃っているから、たまにお世話になるんだ」
「あー、確かに、隅の方にありました」
「あれ、サキさんが持ち込んだんだっけ?」
「プレイヤーはそうみたいだね。スピーカーとかは自作。そういうのが好きなんだって」
「へぇ、格好いい趣味ですねー」
そのため、ホームセンターへ行く頻度が多いのが彼女だろう。あそこの取り揃えは凄まじいから。多肉植物だけで、どのくらいの品数があっただろうか。家具も多数取りそろえられているし、工具や木材も選り取り見取り。
ないのは遊園地くらいではないだろうか。というのは冗談ではあるのだけれど、車が置いてあれば、ダイナも喜んだことだろう。
まぁ、集落に整備工場があるから、今ある車でも十分満足しているだろうけど。
「二階の名物と言えば、本屋だろうな。結構品揃えが良いんだぜ」
「そうなんですねー。……あれ、暖簾がありませんよ? あの、数字が書いてあるやつ」
「まぁ、スーパーだしな」
あったら寄っていたのだろうか。……まぁ、その手のものはネットで満足するしかないだろう。
本屋で買い物を済ませ、一通りフロアを見て回ったら、階段を使って一階に降りる。食料品売り場へ行く前に、フードコートで休憩をすることにした。
今日は平日だったか。昼過ぎということもあってか、席には大分空きがあり、席を確保しなくとも、座れなくなる心配は無さそうだった。
「たこ焼き、美味しそうですねー。クレープも良いなぁ」
此処も例に漏れず品揃え、というよりも店舗のジャンルが幅広い。和洋中のみならず、イタリアンだって食べられる。
「ジェラートなんかも美味しいよ」
「良いなー。でも、先ずは何か料理を頂きたいですね」
「それなら、うどんとか蕎麦が手軽で良いぞ。とり天がオススメ」
「良いですねー。それにします」
そう言って、我先にと店の前へと歩いていくメリッサ。食欲が優先されるタイプならば、あのアパートでも上手くやっていけるだろう。
「あの子、外国の子だっけ?」
「そう。ぱっと見は日本人っぽいでしょ? お母さんが日本人だったかな。彼女を見ると、やっぱりダンジョンは日本にしかないんだなぁ、って感じるよ」
アリスマリスの調査によると、日本と繋がっている関係上なのか、日本人の方が適性が高くなるとの結果が出ているらしい。部隊が結成された当初は、外国の方も居たらしいが、その結果は顕著なもので。
「外国の人だと、活動出来る時間が極端に短いらしいな。あの子は大丈夫なん?」
「適性は高いらしいよ。あとは、無茶するかしないかじゃないかな」
もしも、他の国とダンジョンが繋がっていたのなら。そんな考えをするには、私は一般人でいすぎている。彼も勿論、そんな話題に興じたいわけではなく、単に彼女の身を案じているのだろう。
「自分が現役なら、守ってやりたかった?」
「まさか。自分の身の程ってやつは、よーく分かっているのさ。俺は、能力もパッとしなかったしなぁ。遠くまで見える能力。まぁ、探索には役に立ったけど。でも、お前ほどじゃない。俺がいた席が空いたおかげでお前が彼処に入られたんなら、それが一番の功績だろうな」
「でも……」
あのアパートに住んでいる。危険なこともあるかもしれないのに、ダンジョンに挑むことを決断する。それには、当然の如く私達に利益、というか、ある権利が与えられるのだ。
それは、誰かに与えられたものではない。与えられるものではない。けれど、ダンジョンの説明を受ければ、誰だった一度は、思い至ること。
そう、それは――。異世界へ行くこと。つまり、日本とダンジョンとの接続が切れた時、ダンジョンに居さえすれば、出口が繋がるのは異世界なのだ。
「言うなよ。まだ、チャンスはあるんだろ。俺だって、まだまだ冒険に憧れたい年頃なんだよ。だから、まだ集落にしがみついていたいんだ」
人によって、その目的は変わるかもしれない。けれど、この世界から離れ、異世界に行きたいと思う人たちが、彼処には集まっている。
ふと、周囲の人々を目で追った。平日の午後。どんな思いでここに来て、買い物を楽しんでいるんだろう。たまにある憩いなのか、逃避した果てなのか。それはやはり、人それぞれだ。
私達は、運良く適性という切符を得た。まだまだ、列車は進み続けている。終わりは見えない。途中で降りるかどうかは、まだ分からない。
「いつか、異世界に辿り着けたら、みんながそこを目指した理由を知りたいな」
「……まぁ、今は訊けないよなぁ。もしも重い理由があったりしたら、接し方に悩んでしまうし」
そう。だから、私達は仲良くしていられるのだ。目的は一緒だから。それだけでいいのだから。
「あの子の前の人、覚えてる?」
「アイさんだっけ?」
「そう。結婚するからって、出ていったんだよ。たまにアパートに様子を見に来る、関係者の人でね。……きっと、未練ができたんだね」
「……お前はないの?」
「ないね。親だって、私の夢を応援してくれたんだもの。今さら、ね」
だから、私の料理で探索が進むのなら、いくらでも作ってみせよう。みんなもまた、それを望んでくれるのだから。
私の夢は、好きなことをして、生きていく。この世界にダンジョンは必要なくとも、少なくとも、私の夢にはダンジョンは欠かせない。だから私は、異世界を目指す。ただ、それだけだ。
「お二人は、何にします?」
追いつくと、眩しいほどの笑顔が返ってきた。
「俺はとり天うどん」
「私は、あっちで唐揚げを買ってくるよ」
「あー、アトリさん、唐揚げが好きですね? 昨日もパクパク食べてました」
「私は、死ぬほど唐揚げが食べたいから料理人を目指した。もしも唐揚げが存在しない世界があったとしたら、その素晴らしさを広めたいほどに」
それも、一つの夢であるかな?




