2.『アマリ荘』の住人
午後七時。探索終了予定時刻の六時を過ぎた辺りで探索班が帰宅し、休息を取った後。喫茶店兼居酒屋にて、今日からこのアパート、『アマリ荘』で暮らすこととなったメリッサの歓迎会が始まった。
四つある正方形のテーブルをすべて繋げ、そこに様々な料理を敷き詰める。
個人的にマストだと思っているのは、鶏の唐揚げ。充分に作ったと感じるが、余った鶏肉は竜田揚げにして、味わいの違いを堪能してもらいたいと思う。
その他にも、ピザやフライドポテト。野菜スティックなどを準備し、忘れてはならない天津飯も、取り分けて食べられるように大きな物を用意した。餡は、自分にとって馴染みのある醤油で味付けしたものにしたのだけど、リクエストをくれた彼女は、気に入ってくれるだろうか。
飲み物が参加者に行き渡ったことを確認すると、責任者、と言える立場であるアリスマリスが音頭を取る。
「えー、それでは皆さん。長い前置きなどは言うつもりもありませんので、早速乾杯したいと思います。グラスを持ったね? ……では、新たな隊員の活躍を願って、乾杯!」
――カンパーイ!
掲げられたグラスを持つ面々は、一様に笑顔であった。命をかける場面だってあるはずだけど、それを忘れさせるような、清々しい笑顔。
それについては、メリッサも明日、体験するだろう。ビールを一気飲みしてだらしなく顔を緩ませているアリスマリスの、その、存在の大きさというものを。
「うわー! 大っきな天津飯ですね! アトリさん、ありがとうございます」
「口に合えば良いんだけど。あ、今取り分けるね」
取り皿の替わりとして用意した茶碗に、半人前ほどを盛り付ける。
「紅生姜は?」
「あ、ちょっと苦手なので……」
「了解。私も苦手なんだよね」
「わぁ! 仲間ですね!」
そのアパートでは唯一だったので、私としても仲間ができて素直に嬉しい。私はたこ焼きがギリギリなのだけど、彼女はどこまで受け入れられなのだろうか。後々、擦り合わせていこうか。
「あら、天津飯の中身、炒飯じゃない?」
私が座る席と反対側、同じく天津飯を取り分けていた女性が、驚きの声を上げる。
彼女は、サキ。このアパートの最年長で、この対策部隊の発足当時からの古株である。五年で古株と言われるくらいなのだから、私が入るまでは本当に、入れ替わりが激しかったのだ。
補足しておくと、侵食が限界値まで達すると、特殊能力が失われてしまう。二度得ることは出来ないから、交代せざるを得なかったと言う訳だ。
「半分は炒飯にしたんですよ。玉子を割って真ん中から捲ると、普通に炒飯も食べられるように」
「へぇ。素敵。一度で三度美味しいのね」
私が炒飯を食べたかっただけなのだけど、褒められて嫌な気はしないので、そのまま受け取っておく。
「唐揚げにレモンかけるのが嫌な人、手を上げてー」
そう声をかけたのが、エミカ。みんなからはエミと呼ばれていて、ボーイッシュな服装を好む女性だ。大人の女性、と言ったクールさを持つサキとは正反対な感じ。人懐っこさが親しみやすい、そんな印象を持つ人物だ。
「あ、俺はそのままがいいです」
「りょうかーい。じゃあ、自分のは取り皿に取るわ」
その接しやすい感じが心地良いのか、この部隊唯一の男性でもあるダイナは、よく懐いているようだった。唯一の男性であるうえ、唯一の未成年である彼にとって、比較的年齢が近いのも彼女である。
そして、最後の一人であるノゾミは、淡々とレモンサワーを飲んでいる。無口ではあるけれど、会話や賑やかな場は苦手とはしておらず、気が付けば傍でまったりとしている、不思議な女性だ。
以上がこのアパートの住人であり、同じ釜の飯を食べてダンジョンに挑む仲間だ。サポートしてくれる人達は別の建物にいるため、夜になれば顔を合わせることは殆どない。ここにいる皆は取り分け、家族みたいな存在、と言っても過言ではない。そう、私は思っている。
「アトリー、タバスコはー? ピザにはタバスコがないと嫌なんだけど」
そんな一家の大黒柱が、この少し子供っぽいアリスマリスだと誰かを思うだろう。ないと嫌、なんて言いながら、口の端にはしっかりとトマトソースが付いている。
「カウンターの方。ケチャップやマヨネーズ、タルタルソースもそっち」
場所を指すついでに、私はカウンターへと移動する。灰皿は、ここにしか置かれていないから。
「あ、俺タルタル貰います。唐揚げにはこれですよねぇ」
「あんた、見境なくかけるよねー。チキン南蛮か、ってくらい」
「そう言うエミさんは、レモンかけすぎっスよ。ひたっひたじゃないですか」
「好きなんだから仕方がないのー」
レモンサワーと合わせるのは駄目なのか? と、一度聞いたことがあるのだけど、それとこれとは別らしい。彼女はレモンをたっぷり搾った上で、きっちりレモンサワーを飲んでいる。
こうしてみると、酒の好みは大きく分けて二分されていると思う。先ず、私とアリスマリスはビールが好き。ついでウイスキー。アリスマリスはハイボールにして飲むのが好きだが、私はロックでちびちびやるのが好きである。
サキは最初の一杯こそはビールだが、その後はワインか日本酒に移行する。そのあたりは気分に寄るのだろうけれど、今日はワインボトルを早々に取りに行った。メリッサはまだ未知数だけど、そのワインにお呼ばれするらしい。
最後の二人、エミカとノゾミはレモンサワーから始まり、少し甘い酒が好みである。割材は炭酸水と言うよりも、甘いサイダーなどの清涼飲料水。喫茶店の冷蔵庫には、それらは欠かさないように心掛けている。
そんな大人に囲まれて、ダイナは一体、将来どんな酒飲みになるのだろうか。タルタルソースがたっぷりかかった唐揚げを、炭酸飲料で流し込む姿を見るに……。ビール党か?
「メリッサちゃん、明日は早速ダンジョンだったかしら?」
「はい、そうです」
天津飯組も、食べ進めながらの会話が始まった。自然とグループができ始めていた。
「それなら、あまり食べすぎず、飲み過ぎないほうが良いかもしれないわ。アリスの緊急転移、初めてだと酔いやすいから」
あら、アリスマリスが明日のお楽しみに取っておいただろう説明を、サキが始めてしまうらしい。ピザに夢中な彼女への、ちょっとした悪戯だろうか。
煙を吐きながら、サプライズが失敗した時の表情を想像して、口角をぐっと上げる。
「緊急、転移?」
「そう。深刻なダメージを受けそうな時に、アリスがダンジョンの外に転移させてくれるのよ。だから、私達は殆ど怪我をすることなく、探索に励めるの。戻ったついでにコーヒーを飲んで、ね」
私に向かってウインクが飛ぶ。お返しをしたいところなのだが、生憎私は器用ではないため、煙の輪っかを披露することにした。ガムを食べれば必ず膨らませるくらい、口だけは器用なのだ。
「そうなんですねー。危険なモンスターもいる、なんて聞いていて、少し不安に思っていたんですけど、なんだか安心できました」
「明日、体験できるだろうから、ちゃんとお礼を言わないとね」
「はい! ……アリスマリスさん! 明日はよろしくお願いします!」
「ほむ? うん、任せたまえ!」
何を指しているのかは分かっていなかっただろうが、チーズを伸ばして幸せそうだった。
その時ノゾミはと言うと……。ひたすらフライドポテトを頬張っていた。目が合うと、咥えたポテトを人差し指と中指で挟んで、私の真似をする。私が挟んだタバコを口から離すと、彼女は逆に食べ進める。そうして、次々にフライドポテトが彼女の腹に収められていく。
「そう言えば、メリッサって日本語ペラペだよね。勉強したの?」
エミカの質問。
「幼馴染に日本人の子がいたので、そのご両親に教わっていました。日本語で会話をすると、おやつが貰えるんですよ。お母さんはそれを知って、日本語を話さないようにしてしまったんです。覚えないように、って怒って」
「あぁ、お母さん日本人なんだっけ。それは怒るなー。で、どんなおやつ?」
思い出の味を作られれば、喜んでもらえるだろうかという意図での質問。
「麩菓子です」
……予想の斜め上を行ったなぁ。
「日本から取り寄せていたそうですね。あの桜色がかわいくて、それが食べたくて頑張っていました」
「へぇ、健気な子供だったんだ。アタシだったら、もっと豪勢なおやつを要求するなぁ」
「豪勢って、エミちゃん普段はポップコーンを作って、ってせがむくらいじゃない」
「アトリさん。それは映画を見るときだけだって。アタシが言いたいのは、子供の頃の話。毎日ケーキ三昧とか、憧れますもん」
そっと視線をサキに向けた。毎日のようにケーキを強請っくる彼女は、ニコニコと微笑みを浮かべたまま黙っている。残りのケーキを食べ尽くすアリスマリスも、沈黙を表すかのようにピザに向き合っている。
「あ、私の実家はケーキ屋さんです」
「眩しい。憧れの権化が眩しい。ダイちゃん、ちょっと席を変わってくんない?」
「八百屋の倅を盾にしないでくださいよ」
「八百屋の倅を強調するなら、目の前にある野菜スティックを食べなさい」
「いや、野菜スティックは料理なのかどうかいまいちわからないので、侵食の改善に繋がるか疑問なんすよ。いや、嫌いなわけではないっすよ? 今日はダンジョン上がりで食べないだけで、普段ならもう、モリモリパクパク」
「明日、オフだっけ? 私、買い物行くんだよねー」
「サーセン。お土産は結構です」
そうして、唐揚げから脱落したタルタルソースの使い道が生まれた。
「そういうアトリちゃんは、ちゃんと食べてる?」
心配するように問い掛けるサキに、私はただ微笑みを返すだけ。同じタイミングで、目の前にフライドポテトが差し出されたからだ。
口で咥え、ノゾミに礼を言う。第二第三のフライドポテトが迫っているため、サキへの返答は当分できそうもない。
「仲いいわよね。あの二人。メリッサちゃんも、中に入れるように頑張ってね?」
「は、はい! ……でも、間に挟まっても大丈夫なのでしょうか?」
「うーん、むしろ、アトリちゃんを挟んだほうが面白い、かも? あの子クールだから、とことん慌てさせたい欲求が生まれるの」
それを当人がいる場所で言わないで頂きたいのですが?
「あ、そうだ。仲を深める的な話で思い出した。メリッサ、明日の午後からはフリーよね? 一緒に買い物、どう? 案内するよ」
「あ、お願いします。どんなところで買い物するか、興味があります」
「遊園地に行くわけではないから、楽しいかどうかは分からないけどね」
行ける場所は、総合スーパーとコンビニ、ホームセンターに限られるしね。
「ダイちゃんも行けば?」
「あ、そうだなー。……俺、運転しますよ?」
「いや、カイさんを紹介しておきたいから、タクシーで行くつもりなのよ。明日は空いているそうだから」
「あー、なるほど。メリッサさんは、免許は持ってます?」
「母国のものだけなので、日本では運転できません」
「じゃあ、お世話になることも多いだろうから、今のうちに親睦を深めておくといいっすよ」
まぁ、彼の場合は、女の子が増えたと鼻の下を伸ばすだろうから、一度会えば充分だろうけど。
「あ、忘れるところだった。アトリ、一応、雑誌は買っておいてよね」
「え、アリスはまた読む気?」
「勿論。そうしないと、来週になったら展開を忘れてそうだし」
「あ! そう言えば今日は月曜でしたっけ。うわー、俺としたことが忘れてた。アリスさん、あの漫画、どんな感じでした? 面白くなりそうでした?」
「打ち切り」
「酷いネタバレだ!?」
打ちひしがれた様子のダイナを見て、私達は声を揃えて笑い合った。同じことで笑い合えるのなら、この先、何とでもなるだろう。
その後は、思い思いに喋り、思い思いに食べ、遅くならない内に解散となった。片付けをしたら、明日は昼まで寝てしまおうか。どうせ予定は、午後からなのだし。




