10.探索中止!?
一晩の入院を終えた後、アパートに戻ってすぐにしたことと言えば、冷蔵庫の確認であった。勿論、自室のである。
もともと四泊の予定でダンジョンへ潜った為、消費期限が迫っているものは片付けた筈だったのだが、病室という静かな空間で、静かな夜を過ごしていると、なんだか、こう、心配になってしまったのだ。
「納豆の賞味期限は、少し切れた方が美味しい気がするから問題なし。……あっれ? なんでこんな隅の方に、チーズが落ちてんの?」
一口サイズの、おやつにピッタリのチーズだった。
「期限とか書いてないし、どうすっかなー。匂いを嗅いで確かめられる範囲ならいいけど……。でもなぁ。開けたらめっちゃ臭うとかだったら嫌だしなぁ」
……サンドウィッチにして、ネメシスに食べさせてみてはどうだろう。いや、流石に無礼か。
「いつ買ったかも覚えてないし、流石に、これで調子を崩したとかってなったら、笑い話にもならないし」
「そう。笑い話にもならないよ」
「うっわ!? ……びっくりしたー」
振り返れば、アリスマリスが居た。
「はぁ。戻って来たら、直ぐに声をかけてくれたら嬉しかったけど、それは良い。でも、怪しい食べ物は涙をのんで捨てておいてね。何かあっては、本当に困るから」
「りょーかい」
これは私の不徳であったと心に刻んで、次に活かすことにしよう。
「それにしても、そこまで心配されるとさ、私個人が大事にされているのか、能力が目当てなのか疑いたくなってくるんだけど」
子供じゃないんだから、能力が前提であることは分かっている。はっきりそう言ってもらえれば、自惚れずに済むのだけど。
「両方、としか言いようがないけれど、アトリ以外の人でここまで優しくできるかどうかは、ちょっと未知数かな」
「そう。じゃあ、ちょっと付上がっておくわ」
冷蔵庫の確認も終わり、私はアリスマリスに連れられて喫茶店に足を踏み入れた。こちらも、食材の心配はなかったはずだが、キャンプ用に積み込んでいた食材は、適切に移されていただろうか。
「肉とかって、どこに入れた?」
「冷凍庫。何か問題があって、しばらく動けないなんて事態になったら困るからね」
客商売をしているわけではないので、そこら辺は家庭の延長で充分だ。喫茶店兼居酒屋というのも、この地に迷い込んだ人を足止めするためのカモフラージュみたいなものだし、そう言った人達にはきちんとしたものを提供する。
まぁ、今のところやって来るのは、山に出掛けた集落の人達が休憩に訪れるくらいだけれど。
「肩と腰は大丈夫?」
「痛みはあるけど、動かせないわけじゃない。湿布も貼ってるし、問題なし。頭の方も調べたけど、問題ないってさ。コーヒー、淹れるね」
「七人分ね。みんなもそろそろ来るだろうから」
返事をすると、早速一人やって来た。
「おかえり」
「ただいま。ノゾミはアイスとホット、どっちがいい?」
「ホット」
最初は心配そうな表情を見せていたが、会話をすることで安心したのだろう。微かな笑顔を浮かべて、アリスマリスがいる席の方へ向かった。
ダイナ、サキ、エミカときて、最後にやってきたメリッサは、手に小さな花を携えていた。
「退院祝いに、折り紙の花です。幼馴染に、よく習っていたのです」
「ありがとう。飾らせてもらうね」
可愛らしいチューリップが、カウンターの隅を彩った。
「さぁ。コーヒーは行き渡ったかな? それでは、これからみんなに伝えていきたいことがある」
「早速ダンジョン突入っすか?」
「新たな事実が判明したからね。ダイナの言う通り、波に乗ってどんどん進みたいところだけど……。そうもいかないのは知っているだろう?」
奥に行くに従って、魔力が濃くなっているのだから、そう簡単に進んでいけるはずがない。となると、なんとなくアリスマリスが言いたいことが分かってくる。
「協議の結果、探索は一度中止することとなった」
「それは、どのくらいの期間?」サキが問い掛ける。
「今年いっぱいだね。幸い、もう十一月も半ばだから、そこまで長い休暇にはならないと思う」
「でも、暇ですよねー。このアパートに住んでいてダンジョンに潜れないとか、クッキーの入っていない缶を飾っているようなものですよ」
エミカの例えに、私は少し笑ってしまった。
子供の頃、クッキーの缶を小物入れにしていたけれど、それは利用価値があったから、私はそれを見て笑顔になっていたのだと思う。
もしも、その中に何も入れていないとしたら、それはただのクッキーを食べ終わった後という意味しかない。
「いや、ダンジョンに入ること自体を禁止するわけじゃないよ。ただでさえ、ネメシスに詳しい話を訊かなくてはならないのだし、アトリの料理をモンスターに食べさせて、それが本当に正常に戻す作用があるのかとか、その可否によってはメガダンジョンの攻略方法も大きく変わってくる」
ネメシスのように言うことを聞いてくれる存在が増えていけば、攻略の助けにもなることだろう。
「それに、この際だから移動にかかる時間の問題も解決しておきたい。私の世界から持ってこれる重量やサイズ、タイミングなんかも限られるのだから、やはり、一ヶ月の猶予は欲しいんだ」
五年目にして、一度方針を見直そう、というわけだ。成果が表れだしたのだから、根本的な見直しというものは、いつかは必要になっただろうから。この機会というものは、実に丁度いいものだっただろう。
「戦闘の面でも、スキルアップは必要かもしれないわね」
「あ、サキさんもそう思うっすか? 俺も、ネメシス相手にはへこみましたよ。全く攻撃が当たらないんだもんなぁ」
「あのワンちゃん、そんなに強かったん?」
「エミさんも戦わせてもらってみたらどうっすか? 巨体なのにすんげー素早い」
「アタシはそこまで戦闘得意じゃないしなー。ノゾミンなら当てられる?」
「認識できれば」
「やっぱり、その能力強いよね。……アトリさん、アタシたちも武器ぐらい持ちます?」
「エミちゃんは作り出せるから良いじゃない。私は……、木刀くらいは持ったほうがいいかな?」
確か……、実家に兄が修学旅行の時に買った木刀があった筈だ。それを送ってもらってもいいかもしれない。
「戦闘訓練は、各自に任せるよ。ただ、メリッサはダンジョン内の調査もしたいだろうから、誰かに付いてもらいたいところだね」
「アトリの料理のこともあるのだし、ローテーションを組んだほうが良いかもしれないわね。調査ということは、採掘なども必要となるだろうし、アトリチーム、メリッサチーム、戦闘訓練チーム。そんなところかしら」
「いえ、サキさん。私もアトリさんの料理については興味があります。偶にでも一緒に行動したいです」
「そう。なら、そうね。完全にくじ引きで決めても良いかもしれないわね。どうせ先には進めないのだし」
例え私がメリッサと共に行動することになっても、メリッサは戦える能力を有しているから問題ない、と言うことなのだろう。
メリッサによろしく、という意味を込めて微笑むと、満面の笑顔を返してくれた。こっそり練習したジャンバラヤを、機会があったら披露してみよう。
「まぁ、すべてはネメシスに話を聞いた後、ね。この後、午後からでもアトリの調子を見てダンジョンに行く。そこでネメシスの話を聞く。今日の予定はそんなところだね」
「お昼ご飯、なにか食べたいものはある? 素麺が余っているから茹でたいんだけど」
「いや、メニュー決まってるじゃないっすか!」
「あ、肩が痛いから、誰か鍋に水を張ってくれない?」
「かんっぜんに素麺の流れっすね! ……まぁ、俺がやります。力仕事は任せてください」
最初に突っ込みをした人が担当する。偶に発動するルールだった。




