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愛に帰す  作者:
本編
7/23

07:偽りの海に沈む真実

宰相、ヴィンセント・モリス視点。


我がロゼ国は列国最強を誇っている。軍事力、政治力をこれほどまでに兼ね備えた国は歴史を振り返ってもそうはないだろう。

驚くべきことにそれが若干23歳の王によって行われている。

18で即位されてから国内で起こっていた様々な内乱を鎮圧し、前々王の御世から傾いでいた国政を見事に復活させた。

以来王が即位してから一度も国内で怪しげな動きを見せるものがなくなった。例えいたとしても、今の陛下に楯突こうなんて間抜けな輩はいないだろう。

頭のいい奴らは自分の懐を守るのが第一だと考えるからだ。


人々に「賢王」と讃えられ、敬われる存在である陛下の右腕と自負出来るのはこの上ない栄誉だ。

貴族の次男坊として何不自由なく、しかし何一つ満たされることのない人生を送ってきた私は陛下に文字通り「拾われ」た。

初めて陛下に謁見した時から私の身に宿る魂を捧げたと言っても過言ではない。

一臣下として、私は陛下の為ならば命をも投げ出す覚悟を持っている。

人々の尊敬を一心に受け、列国最強としての国を保つその肩には想像もできないほどの責が石のように積み重なっていることだろう。

もし何かに悩むことがあり、私の力や知恵を必要とするのであれば尽力するつもりだ。


しかし今、陛下の表情に憂いを落とす原因となっているものには、私だけの力ではどうにもならないだろう。

人の気持ちというものは、当人同士が解決の道を辿らないと意味がないからだ。

傷つけ合うのは簡単だが、それではいつ限界が訪れても不思議ではない。

現に王妃様は、刻一刻とその足を「限界」に近付けているのだから。



「最近仕事を増やされましたね」


さりげなさを装ってそう言うと、今まで文字を追っていた目が私を見据える。

何が言いたい、と視線が問う。



「変なお噂が流れていますよ。陛下が王妃様を囲っていると」

「…只の噂だ。放っておけ」

「王妃様付きの侍女もご実家へ帰されたそうですね」

「無駄口を叩くな。執務が捗らん」

「いえ、陛下。今日こそは言わせて頂きます。一体貴方は何をなさっているのですか?」

「なんだと?」



氷を思わせる瞳が鋭く私を射抜く。

あまりに冷たい氷に触れると熱を感じるが、今まさにその状態だ。


普段の私なら、陛下が言うように噂など放っておいた。

大抵の出所は口の軽い侍女だからだ。一々本気にしていたらキリがない。

それに噂というものは誇張され、人々の間を渡っていく。人の上に立つ者として噂を信じるということは、真実を見極められない愚か者として見られる。

王妃様には、口にしたことはなかったが、様々な噂があった。

王に愛されていないだとか、現王妃を排して新しくスカーレット姫を王妃として迎えるだとか。もっと上をいくと、金の為に王妃は王と結婚しただとか。

私からしてみれば愚の骨頂としか言いようがない噂ばかりが、尾ひれをつけてまるで真実のように語られていた。

スカーレット姫のことは、私も少々驚いたことは否めない。

王妃を迎えてから一度も後宮の姫を増やそうとしなかった陛下からの、突然の案だったからだ。

しかしそこには、陛下なりに何かの考えがあったのだろうと私は信じている。例え私が知りえなくとも、絶対的な自信がない限り陛下は独断では判断されないからだ。


だが、今回の噂に関してはまるで話が別だった。

陛下が夜な夜な王妃の許へ通っている。しかも部屋から王妃を一歩も出そうとしない。

狂気染みた噂だと始めは高を括っていたが、それは大きな間違いだった。


今のロゼ国は、陛下のお力は勿論だが、有力貴族のバックアップも大いに影響している。

その貴族たちの娘を王子の時から後宮に迎えることによって、信頼を得、また損なわずここまで来ている。

娘のうち誰かが、陛下のお世継ぎを孕むことを期待されてのことだろうと思うが。

真実を述べるのなら、サラ・ハークネス子爵嬢が王妃として立てたのも、そんな事実があったからだ。

兎にも角にも、後宮という場所は政治とは無関係なようで中枢と言ってもいいくらい重要な場所でもある。

微妙な均衡を保ち、上手く貴族たちを動かしていくのが陛下の役割であり、義務だ。

例え王妃という地位を与えられていても、お世継ぎが生まれるまではその足元はとても脆い。

ましてや今まで王妃様は陛下に愛されていないなどという不名誉な噂が流れていたのだ。

突然とも言える寵愛は、後宮に不安を呼び反乱を招く。そうして誰が一番傷つくのか、陛下が知らない筈はないのだ。

ただでさえ王妃様の心は乱されている。見たまま、聞いたままが全てだと思い、一つずつ暗闇への階段を踏み外していく。

このままでは、いずれ…



「いずれ、大事なものを失ってしまいますよ」



陛下にではなく、王妃様へ不穏な動きを働く者も出てくるだろう。

そういった頭を使える者達は、決して自分の手を汚しはしない。

幾重にも袈裟を被り、自分のところへ疑いが来る前にその糸を断ち切る。そうなったら成す術がない。



厳しく細められていた瞳は、やがて諦めたように私から逸らされた。

口元には笑みさえ浮かべて、しかしそれは自分自身への嘲笑であるかのように。



「失うようなものは初めから持っていない」



知らないのだ、この方は。

求められるものが多すぎたが故に、自分から求める術を。

王妃様と同じく、現実から目を逸らすあまり、真実を避けている。



「陛…」

「陛下!!」



私が口を開くより早く、執務室のドアが慌ただしく開いた。

見ると、普段は冷静沈着で有名な女官長が、その顔に緊張を漲らせて立っていた。



「どうした。ノックもなしに執務室に入るのは無礼だぞ」


そう私が咎めるも彼女の思考は別のところにあるらしく、頻りに何かを言おうとしては口を閉じる。

いつもの彼女ではない。これは何かがあると感じたのは私だけではなかったようだ。

椅子から立ち上がった陛下は、女官長の謝罪を手で遮り本題を促した。



「何かあったのか」

「陛下っ…その、王妃様がお倒れに…!」

「なんだと!?」



一瞬にして顔を強張らせた陛下は、私と女官長の間を走るように抜け、執務室から出ていった。

慌ててその後を追うも、見えたのは近衛兵が慌ただしく廊下を走る姿だけ。

恐らく近衛兵でさえ、突然のことに対処しきれなかったのだろう。あれ程狼狽する陛下を見るのは私も初めてだった。



「医師はもう呼んであるのだろう?」

「え?ええ…」


呆気にとられていた女官長にそう問うと、はっとしたように答えが返ってきた。



「スカーレット姫とお茶を楽しんでいたところで、突然…取り乱してしまい申し訳ございません」

「いや…当然だろう。さて、私たちも向かいましょうか」



幾らその心に頑丈な鍵をかけて全てを圧し殺そうとも、奥底に眠る感情は隠しきれない。

先ほどの陛下の表情を見た誰もがそれを知るのだろうと、女官長の前を歩きながら思った。

あの瞳が語っていたのは紛れもない真実だ。

あとは貴方次第です陛下。偽りという装飾を剥がすのです。


まだ間に合う筈です。きっと。






「寝不足と精神的なストレスからくる心労です。充分な睡眠を取っておけば問題ないでしょう」



医師の診断に、その場にいた誰もが深く安堵の息を吐く。

ずっと付き添われていたスカーレット姫も、「よかったわ」と口元に笑みを浮かべていた。

王妃様の傍に座っていた陛下は、苦しそうに頻りに何かを呟いていた。私の耳にまでは届かなかったが。



「念の為薬を出しておきます。女官長殿、目が覚めたら飲ませて下さい」

「畏まりました」

「それから…モリス様。少々お話が」

「なんでしょう」



老齢の医師は穏やかな表情を一変し、厳しい顔つきのまま私を扉の外へ誘導する。

他の誰も、私たちのやり取りには気づいていないようだ。

近衛兵の姿さえ見えなくなるほど奥まった場所へ連れてきた医師は、私に屈むよう指示し、耳打ちをする。



「先程は陛下の手前、言わなかったのですが…」



耳にそっと囁かれた言葉は、信じられないものだった。



「なん…ですって?それは本当ですか!?」

「ええ。まだ確信とまではいかないのですが、ほぼ間違いないと思います」



体の芯から一気に冷えていく。

医師の言葉は、先ほどまで私が抱いていた淡い期待を無残にも打ち砕くようなものだったからだ。

この医師の気遣いに感謝するとともに、頭の中を整理させようと必死に考える。

事態は思ったよりも悪い。そして、これからも悪くなるだろう。



それは予感ではなく、確信だった。


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