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ドワーフ母ちゃんの日常〜勇者編〜

作者: 猫田33

「酒代払えだぁ? 吟遊詩人にそんなこというんじゃねぇよ。吟遊詩人の対価は、金で払うんじゃなくて歌と物語で払うんだからよ」


 自称吟遊詩人は、古ぼけた印象のリュートを鳴らして見せた。


「だったらそのステージでその歌と物語話してみろ? あったりめぇよ、無銭飲食するつもりなんかねぇよ。だからその右手に持ったフライパンは、頼むから下ろしてくれよ。なっ」


 酒場の奥で料理をしていた男がフライパンをいつ振り降ろそうかと腕を振り上げていた。


「ふぅ、人心地ついた。あんなもん向けられちゃ舌がこわばって出来る話も出来やしない。それにしてもなんの話をしたもんか…酒の席だからあれがいいな! みんなこの大陸と繋がっている東側の大陸を知ってるかい? ライドゥス大陸っていうんだがよぉ。この大陸と繋がっているところにある国がエゴ・タウ・ジ・レイっていうなっがい名前なんだよ。古代の言葉で『我が祖流れる地』って意味で…なんで知ってるかって? 吟遊詩人にゃ吟遊詩人の知識っていうのがあるのさ、詳しいことを聴くんじゃねぇよ。とりあえずなんで古代の言葉でそういうのかというとこっちからあっちへいろんな種族が新天地を求めてその国があるところから渡って広がったからだったらしい」


 リュートでポロロロンと軽い音を鳴らすと歌うように語り始めた。


「さてエゴウ国には、鍛冶の腕のよいドワーフがいた。どれくらい腕がいいかというとそのドワーフが作った剣を見るだけで暴れていたドラゴンが逃げるくらいの業物を作るんだすごいだろ? でもさ、いまからする話は、そのドワーフの話じゃなくてその奥方だ」





 その店は、王都の片隅にあり常に火を絶やすことがないと言われるドワーフの鍛冶師がいた。そのドワーフは、腕が良く剣を見るだけで暴れていたドラゴンが逃げたという逸話があった。それだけの腕を持つドワーフなのだから仕事の話がひっきりなしにくる。この前もドワーフの腕を見込んで異界の勇者が剣を作ってくれと頼み込み、その熱意を見たドワーフは一本の剣を鍛えたばかりだった。


「父ちゃん今日も仕事に精が出るねぇ。そろそろ鉄が足りないかい?」


 ドワーフは、妻のドワーフの問に頷くとまた鍛冶仕事に戻ってしまった。妻のドワーフは、特に気にした様子もなく裏にある倉庫から鉄のインゴットを持って鍛冶仕事の小屋に戻ってきていた。


「……すみません」


 か細い声が聞こえて妻のドワーフが戸口を見ると何日か前に剣を売った勇者が泣きそうな顔で立っている。この勇者この前聞いた時に成人(十六歳)を超えて二十歳だと聞いていたが十三歳程度にしか見えない。だからだろうか、妻ドワーフは小さい子でもいじめているような気がしてなんだか悪い気がしてきた。


「どうしたんだい。早くお入りよ」


 妻のドワーフの優しい声が効いたのか勇者は、決心したのか勇者は小屋に入る。戸口に近い位置に妻ドワーフがいたので勇者の腰にあるべきはずのものに気がついた。


「おや…うちの父ちゃんが拵えた剣はどうしたんだい。ちょっとまえに腰に下げて出ていったじゃないか」

「それが、ダイヤタートルを倒した時折ってしまいまして」

「ダイヤタートルを倒したのかい? すごいねぇ、どうやって倒したんだい」


 勇者は、優しげなドワーフ妻の声に安心したのか顔色が戻ってきた。そもそもダイヤタートルは大陸で最高高度を誇る殻を持つ大亀だ。研磨の依頼あったときに使っているのは、このダイヤタートルの殻の研磨機である。ついでにこのダイヤタートルの殻の研磨機が削れるのは同じダイヤタートルの殻の研磨機だけである。


「仲間の呪術師が足止めをしてから俺がダイヤタートルに切りつけたんです。ダイヤタートルを倒したあと剣を見たらこうなっていて」


 勇者が取り出したのは、剣の半ばからポッキリと折れた剣だった。よくよく見ると残された刀身自体にも細かい傷ができている。


「私は、ダイヤタートルを二人で倒したのはすごいと思うよ。通常ならあの大きさと硬さから十人以上の集団で倒すもんだからねぇ」

「そうらしいですね。火竜の守護を受けようとして火山地帯に行ったらダイヤタートルに遭遇したんです」

「だけどね! うちの父ちゃんの剣をそんな風にしていい理由にゃならないよ! その折れ方見るとダイヤタートルの殻に剣を叩きつけたね!! そんな使い方すりゃあいくらうちの父ちゃんの剣でも折れちまうさ!! ふざけるんじゃないよ」

「母ちゃん…」


 ドワーフがガタガタ震えて妻ドワーフを見ているはっきりいって通常ならばこの鍛冶師のドワーフの顔の方がよほど怖い。だが明らかに顔色が変わったドワーフに勇者は呆然として思ったことを呟く。


「なんで殻に切りつけたことを…!?」


 勇者は、目を見開いて妻ドワーフを見るとさきほどの穏やかな表情とは真逆の憤怒の形相だった。その表情は、あちらの世界に置いてきてしまった母親の怒りの顔にそっくりで勇者は妻ドワーフよりも大きな体を縮こませた。


「そんな折れ方はね! 馬鹿力で無理やり硬いものに剣を押し付けたからさ!! さらに言わせてもらうと刀身の細かい傷が鋭いんだ。壊れたダイヤタートルの殻で刀身に傷がついた証拠さ!!」


 妻ドワーフが地面を苛立たしげに足踏みするとドンッという音と共に重そうなインゴットが棚からゴロゴロ落っこちる。インゴットがひとつ落ちる旅に勇者の心臓に直接パンチを食らったかのような衝撃が走った。はっきりいって妻ドワーフの怒りが恐ろしすぎる。


「まったく、あんたの戦い方や癖に合わせてうちの父ちゃんが刀身を鍛えて握りやすいように皮を貼ったあと丁寧に布まで巻いた一級品をたった1週間で折っただぁ? 鍛冶職人を馬鹿にするのもいい加減にしな」

「でも母ちゃん、この勇者は、今まで剣を持ったこともないって言っていたしうまく使いこなせなくても仕方ないと思うんだ…ヒッ」


 ドワーフの言葉に妻ドワーフがギラリとした視線を向ける。その様子は蛙に睨まれた蛇。圧倒的に蛇の方が強そうだが現在の様子では、蛙の方が蛇を圧倒しているようにしかみえなかった。


「そういう態度をするから駄目なんだ! あんたの剣は、世界一でも使い手が赤ん坊だったらネギさせ切れやしない。あたしはそれが悔しいんだよ!」

「うっ」

「あんた剣を使いこなす気があるかい?」


 勇者は妻ドワーフの言葉に声もだせず何度も頷く。ここで首を縦に振らなければ危険だと直感が囁いた。


「ふぅ、そうかい。ここで首を縦に振らなかったらそこに正座させてあんたの装備全部が炉に溶けるのを見てもらおうかと思ったんだがね」

「そっ、装備を全部!? この鎧もですか」

「当たり前さ。…そういえばその鎧異世界召喚の償いで召喚国の国王から下賜された国宝だっけかね。でもまぁ、うちには関係ないよ」


 淡々と話す妻ドワーフの内容は、話し方の割に過激のひとことに尽きた。


「それじゃあ、うちの父ちゃんの剣を使っても問題ないくらいの腕にしてあげるようかね」


 妻ドワーフは、外に出ると2本の木刀を持ってきて勇者に手渡した。突然の出来事に勇者は、何をし始めるのかわからぬまま木刀を受け取る。


「さぁ、表に出な。あたしがあんたの相手をしてやるよ」

「えっ」


 勇者はまさか妻ドワーフが己と戦うなどというとは、つゆとも思っていなかったので驚きの声を上げる。そんなのお構いなしに勇者の服を掴むと外に引きずっていく。そして外にでると妻ドワーフは、勇者に木刀を向けたのだった。


「本当にするんですか」

「なぁに遠慮してんだいさっさとしな」


 仮にも勇者である、手加減しなければ妻ドワーフが死んでしまうくらいの力を持っていた。


「おっ、お願いします!」







「一週間帰って来なかったと思ったらその格好どうしたんだ?てっきり女に捕まってるもんだと思ったよオニーサンは」

「そんなわけあるか、鍛冶屋で剣を壊した状況を言ったら一週間ずっと扱かれた…」


 勇者は、呪術師にそれだけいうと勢い良くベッドに倒れこんだ。シャワーは浴びていたのか汗臭くはない。だがいつも小奇麗にしているのにも関わらず今はひげボーボーで服もところどころあて布をされてボロ布と化している。とてもではないがいつもの勇者を知っている人物なら別人だと言いたくなる容姿になっていた。


「剣…? もしかしてドワーフ母ちゃんに扱かれたのか」

「ドワーフ…母ちゃん? あの奥さんか。思い出しただけで疲れてくる…」

「そりゃあそうだ。あのドワーフ母ちゃんは、ドワーフ父ちゃんの作ったもんを雑に使うと激怒するので有名だからな。まぁ、一週間で帰れたっていうのが幸運だろう。前に貴族が支払い渋ったら鍛えた剣で貴族の衣装だけを真っ二つに切って素っ裸にしたって話があったな」


 呪術師は、一人で納得したように頷いている。その様子を見て勇者はため息をついた。


「なんで教えてくれなかったんだ…。この鎧、炉にくべられそうになったぞ」

「普通の炉でその鎧が溶けるわけないだろ」

「いや、あの炉に使われてる火はかなり強い火の精霊がついてた。しかも鞴には風の精霊の加護がついてる特別製…この鎧溶かされてもおかしくない」

「ずいぶん凶悪なモン使ってるなぁあの鍛冶屋」


 精霊なんてほいほいついているものではないし、風の精霊の加護がある道具なんて国宝級の代物である。風の精霊は気ままでひとところにいないからだ。


「でもまぁ、そのかわりずいぶんと強くなったんじゃないのか? ソレ新しく打ちなおしてもらった剣だろ」


 勇者が倒れこんだベットには鞘に入った剣が同じように寝かせてあった。


「ドワーフかあちゃんに合格もらった時、合格祝いだって…」

「もらったのか? 太っ腹だな」

「ちがう、売られた」

「あー…」


 上げて下げるのが得意なのだろうか。まさかのくれたのかと思ったら売ったとは商魂たくましいというかなんというか。


「でもさ、今回鍛えてもらってわかったんだ。いままで駄目になったら新しく買えばいいって思ってたけど、本当は大事に使って手入れしていかなきゃ俺を傷つけるものなんだってさ。前の剣が折れたときもし、ダイヤタートルを倒しきれてなかったら死んでたと思う。後から考えると甲羅を狙わないで他の方法もあったはずだったし。本当に何やってんだろ俺って思うんだ」


 普段うるさいほどに話す呪術師が特に茶々を入れることなく聞いている。そして勇者の話を聞き終えると深くため息をついて勇者にデコピンした。


「イタッ、おい、こっちはまじめに話してるのに何すんだよ」

「これはいままでの俺への迷惑の分だ。まったく死ぬ前に気がついてよかったぞ。いくら平和なところから来たからって言ってもなぁ、お前は無駄が多すぎるんだよ。剣に血がついても手入れしないし、欠けたのに鍛冶屋に行かないし、無茶な戦い方多いし。ぜってぇそのうち死ぬと思ったね俺は」

「ならなんで俺についてきたんだよ。見捨ててもよかっただろ」


 これが逆に勇者の立場ならとっくの昔に見捨てていただろう。どんな理由があればついてくるというのだろうか。


「確かに馬鹿だがお前面白いし。それに俺一人だけならトンズラするの得意だしな」

「はぁ!?」

「なんだよ、文句あんのか。俺だって自分の命くらいおしいっての」

「ふざけんなよお前!」


 のちにこの勇者は剣一本で数々の冒険を乗り越えていく。その冒険にはこのときドワーフに鍛えてもらった剣を常に使っていたと伝わっている。その剣は、魔王を倒すと役目を終えたとばかりに折れてしまった。

 魔王を倒した勇者は、すばらしい剣の技と知識を持っていたため後の世では、『初代剣聖』と呼ばれている。


 その後勇者と同じ剣を作れという馬鹿が増えただけでドワーフ母ちゃんにはまったく関係ない話。



「どうだ! おもしろかっただろう。おもしろかったらここにお代をいれてくれてもいいんだぜ」


 吟遊詩人は、被っていた帽子を脱ぐと目の前のテーブルに置いた。それがいかほどだったかは別の話。


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