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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

春野栞殺害事件の被疑者供述調書作成における録音・録画記録

作者: 茅原

 ええ、私は元気です。


 はあ、なんとか。美味しくはないですけど、もう慣れてきました。『慣れ』というよりは『飽き』なのかもしれないですけど。

 

 え? はは……別に若いからとか、女の子だからとか、そんなことは関係ないと思いますけど。


 はあ。はい、どうぞ。大丈夫です。適当に喋ったりなんてしませんよ。今さら嘘をついたりもしないですし。というか、私は最初からずっと本当のことしか言ってません。まあ、全部が私の妄想な可能性もありますけど、その妄想も含めて記録するのが取り調べっていうものなんじゃないですか?

 

 はあ、じゃあ今日もこの前と同じ話をすればいいんですね。

 

 いえ、別にイヤではないですよ。一人でいても暇なだけですし、会話をしていると気分が紛れますし。まあ、これが会話なのかどうかは解らないですけど。

 

 まずは(しおり)との関係ですよね。はい。いい加減、質問の流れも憶えてしまいました。

 

 じゃあ……ええと、彼女とは幼稚園にいた頃からの友達です。あの頃は友達というより顔なじみという感じでしたけど。あまり喋る機会もなくて、一緒にお昼を食べたりすることもなく。はい。でも小さな幼稚園でしたし、そこにいる人はみんな友達だと思ってましたよ。幼稚園児なんて、大体そんなものでしょう。

 

 特に親しくなったのは、小学三年生頃からだと思います。ええ、同じクラスで。でも、だから単純に友達になった、というわけではなく。そうですね。流石にその頃になると色々判別もついてきて、みんな誰でも友達という感じではなくなってきますから。自分と同じレベルかな、という子と一緒にいるようになりますよね。

 

 え? まあ……確かに、これは女の子っていう感じかもしれないですね。こっちは面倒臭いんです、色々。でも、友達の見た目とかにこだわりがないように振る舞っていると、それはそれで面倒臭いことになるので、同じ感じの子と一緒にいないといけないようになるんです。善人ぶってるとか、いい顔しようとしてるとか、そんな陰口を言われるようになるんですよ。自分が言われる分はまだいいですけど、下の子――って言っちゃ失礼ですね。でも、その……あまり見た目がよくない子の方にも迷惑かけちゃうんですよ。調子に乗ってるとか、色々言われるみたいですし。はい、大変ですよ。人に迷惑をかけないように色々気を遣ってきたんです、私も。

 

 それで……そうです、その頃からですね。私が彼女を好きになったのは。

 

 好きとは言っても、当時持っていた感情が恋愛感情なのかどうか……それはやっぱり解らないです。そんな気もするし、それだけじゃない気もする、みたいな? 上手く言えないです。でも、そうですね。全てではないにしても、恋愛感情みたいなものがあったのは確かだと思います。

 

 でも、そのことは栞にはずっと秘密にしていました。まあ、表面上は。

 

 はい、表面上は、です。だって、あまりよくないことだとは子供ながら解ってましたから。それに、栞も栞でそう思っているような感じがしてましたし――というか思ってたみたいですね。栞が実際にそう言っていたので。

 

 ええ、まあ、そうです。お互い解っていて、その秘密を楽しんでいました。無邪気な子供の遊びみたいなものでしたけど。ええ、私もそう思います。というか、子供って大人が思っている以上に狡猾で怖い生き物なんだと思います。でも、そちらも身に覚えの一つや二つあるんじゃないですか? え? ああ、はあ、そうですか。

 

 次は――はい、いえ、でも中学時代に関して特に言うことは、何も。

 

 いえ、栞とずっと仲はよかったですよ。ただ、あの子は中学から吹奏楽を始めちゃったので、一緒に過ごす時間は減っちゃいましたけど……それでも暇な休日にはお互いの家に行き来してましたし、あの子の紹介で吹奏楽の子たちと知り合いになったりもしてました。私としては、それは彼女からのメッセージだと思っていたので、特に関係に不安を感じることはなかったですね。

 

 何のメッセージ? それは、まあ……『自分は浮気してません』っていうメッセージですよ。だって、そうでしょう? 部屋の中を見せるとか友達を紹介するっていうことは、その時の自分自身を私に示すっていうことですから。昔より距離が空いてしまったことに対する釈明ですよ、栞なりの。よく周りからは天然って言われてましたけど、あの子って実際かなり気を遣うタイプだったので、しっかりしてるんです、その辺り。

 

 中学時代はそんな感じです。いいですか、これで? いえ、話したくないとか、そういうわけでは。聞きたいのなら、別にまだいくらでも話せますよ。お互いの家で何を話してたかとか、買い物のお決まりのコースは何だったかとか、そんな話を何時間でも。はあ、そうですか? では、それはまた今度。

 

 はい、じゃあ高校の話に。え? ああ、はい、そうですよ。進路はもちろん相談し合って同じ所に決めました。私は行こうと思えばもう少し上に行けましたけど、栞と一緒にいたかったので、それはやめました。

 

 まあ、そうですね。結局、あの子は中学でやめるって言ってた吹奏楽を続けちゃいましたから。だから期待したほど一緒にはいられませんでしたけど……それでもほとんど毎日一緒に通学はしてましたし、また栞の紹介で吹奏楽部の子と仲良くさせてもらってました。なので、高校でも私たちが特別な親友であるというのは公然の事実でした。

 

 特別な……というのは、はい、そういう意味でもあります。私たちがただの親友じゃないっていう噂が流れていたのは知っています。

 

 いえ、別にイヤではありませんでした。むしろありがたかったです。なぜって、私たちももう高校生で、ただの子供じゃないんですから。私としては、そろそろ自分たちのあり方をハッキリさせてもいいんじゃないかと思ってたんです。周囲にそう思っていてもらえれば、栞に変な虫が寄りつかないようにもできますし。それに今時は『そういう間柄』であることが一種のステータスにもなるんですよ。周囲とは違って特別で、繊細な人間だって。

 

 はあ、まあこれは私の思い込みかもしれないですね。自分で自分をそう思いたかったというのはあると思います。思えば、その時の私はまだ子供でしたね。

 

 それで……はは、そうですね。ここからがあなたの言う『問題』の箇所です。私としてはただあったことを話してるだけなので、何が『問題』なのかは解らないんですけどね。

 

 いえ、別に不機嫌になんてなってないですよ。ただ、もうこれを嘘呼ばわりするのはやめてほしいとは思ってます。そういう風に言うなら、もうそこで話は終わりです。それ以上話しても、お互い時間の無駄になるだけでしょうから。

 

 休憩? いえ、大丈夫です。私はおかげさまで元気です。家にいる時とは違って規則正しい生活もさせてもらってますし。それに私、人と話すのが好きなんですよ。だから話しているほど、むしろ体調がよくなってくるんです。あんまりそういうタイプに見えないみたいなので、よく驚かれますけど。

 

 はあ、ええ、では話に。

 

 日付は、七月の二十六日です。カレンダーには仏滅って書いてありましたけど、あれってたぶん、今日はあまりよくない日っていう意味なんですよね。でも、その日のテレビの占いでは、私の運勢は一位だったんですよ。わけ解らなくないですか。

 

 どうでもいいですか? いえ、これは私の話が事実だっていうことの私なりの証明ですよ。私は別に妄想世界の住人だったわけじゃない。今だって、あの日のことをちゃんと正確に憶えています。調べてもらえれば解ると思いますけど。

 

 ともかく、別にその占いの結果で決めたわけじゃないですけど、その日――学校が夏休みに入る前日に、私は栞に全てを伝えました。全て、はい、告白をしたということです。いわゆる愛の告白です。

 

 え? なんですか、急に? まあ、そうですけど……確かにその頃、私はよく学校を休んでました。なぜって……まあ、色々です。何か疲れてしまって、人と関わりたくなくなってしまったんです。誰だってそういう時期はあるでしょう?

 

 いや、まあこんな話はどうでもいいじゃないですか。私、話をするのは好きですけど、あんまり脱線しすぎると、前に何の話をしていたか忘れちゃうんですよ。ああ、いえ、今はまだ大丈夫ですよ。告白をした結果ですよね。『うん、付き合おう』って、そう言ってくれました、栞は。

 

 それからは楽しかったですよ。また毎日学校に行くようになりましたし。栞も私のために積極的に時間を作ってくれるようになって、デートもたくさんしました。ええ、買い物をしたり、映画を観たり、カフェに行ったり……普通のカップルと同じことをしてましたよ。いいですよね、普通って。いま思い返すと、余計にそう思います。

 

 でも……ええ、そうです。付き合って大体四ヶ月後の、十一月二十九日です。

 

 はい、間違いなくこの日です。この日の朝、私は栞に振られました。『用事があるから少し早く登校したい』って言うから、いつもより三十分くらい早く一緒に登校して、それから誰もいない音楽室で。

 

 いえ、全然その時まで思いもしませんでした。流石にその日の朝、栞の顔を見た時はイヤな予感がしましたけどね。でも、それまでは全然。鈍感みたいです、私って意外と。けっこう勘は鋭い方だと思って生きてきたんですけど。

 

 それで……はい、そうです、この時です。

 

 時間が――止まったのは。

 

 笑わないでくださいよ。言ったでしょう。嘘じゃないんです。振られたその瞬間、本当に空気が凍りついたみたいに時間が止まったんですから。

 

 そんな気がしたっていう話じゃありません。私も最初はそう思いましたよ。人が事故に遭った時は世界がスローモーションに見えるっていう、あれなのかなって思いました。でも、そうじゃなかった。だって時間が止まってるって気づいたのは、それから十五分くらい経ってからなんですから。


 私、栞に振られてから、すぐにトイレにこもってたんです。誰にも、栞にも会いたくなくて。だけど、それから十五分くらいして、遠くで栞が私の名前を叫んでる声が聞こえたんです。

 

 ええ、叫んでる声です。まるで誰かに追われてるみたいな声でした。私も驚いて、すぐトイレを出て栞に会いに行きました。そうしたら栞、『何かおかしい。誰も人がいない』って。そう言われて、私も初めて気づいたんです。そろそろ他の人も登校してきそうな時間なのに、全然ひと気がないって。というか、世界がおかしいって。

 

 ええ、そうです、世界が。いや、なんていうか……朝の空気って独特な色があるじゃないですか。透明というか、ちょっと青みがかってるっていうか……。え? そうですか? 私はそんな感じがしますけど。フィルター、っていうんでしょうか。青いフィルターが一枚、世界にかかったみたいな感じというか……。私、昔から青色が好きなので、あの感じが好きなんです。

 

 でも、その時はいつもの『そういう感じ』っていう話じゃなくて。本当に、実際に世界がそうなってたんです。空気が青いというよりは、物自体が全て青くなってしまったというか、その物の奥から青い光が滲み出てるというか、上手く言えないですけど……そんな感じです。

 

 それで、その時ですね。時間が止まってるって気づいたのは。栞もその時だったみたいです。時計を見たら、『あの時』から全然時間が進んでなくて。私も驚きましたよ。校舎の中を隅々まで探しても本当に誰もいないし、誰かと連絡しようとしても全く通じないし。ええ、自分のだけじゃなくて、職員室の電話もパソコンも、全部試しましたよ。

 

 それで、とりあえずここから出なきゃって、二人で急いで学校から出ようとしたんです。でも、出られませんでした。校門から出ようとしたら、ガラスみたいな透明な壁がそこにあって。頭からそこに突っ込んだので、その時は本当に痛かったです。はあ、もちろんそこ以外の出口も探しましたよ。でも学校の敷地を全部ぐるっと囲んでて、壁が。

 

 閉じ込められたんだって、その時はかなり慌てましたけど、私は割とすぐに落ち着けました。だって、いくら時間が経ってもお腹が減らないって気づいたし、そういえばトイレに行きたくもならないなって気づいたので。それに冷静になってみたら、すごく静かで居心地もよくて。栞だっているし、別にこれならこれでいいかなって。

 

 栞? 栞はしばらく動転してましたけど……でもそのうち落ち着いて、笑ってくれるようになりましたよ。しかも、『これは私が望んだことなのかも』って。『心の底では、ずっと恋人のままでいたいと思っていたから、だから今この時で時間が止まってしまったのかも』って冗談っぽく言って。

 

 嬉しかったですね、そう言ってもらえて。これでまたやり直せるわけですから、私はむしろ世界がこうなってしまったことに感謝しました。ええ、感謝です。別に怖くもないし、元の世界に帰りたいとも思わなかったです。だって、最高じゃないですか。余計なものは何ひとつない世界で、好きな人とだけ一緒にいられるなんて。

 

 だから、何も遊ぶものなんてない世界でしたけど、私は楽しかったです。どれだけ起きていても眠くならないし、そもそも夜なんて来ないので、ずっと栞と話をしてました。ええ、ずっと。まあ、それはたまにはお互い黙っちゃうこともありましたけど、私と栞の関係ですから、別に気まずくはなかったです。むしろ私はそういう時間が昔から好きでした。お互いの愛情というか、信頼というか……そういうものがじんわり感じられるような気がして。

 

 ええ、でも……そうですね。はい、私は栞を殺しました。

 

 いつって言われても、日付も時間も当然同じですよ。時間が止まった世界にいたわけですから。でも体感的には……そうですね、一ヶ月くらい経った頃かなと思います。楽しい時間は早く過ぎるので、もしかしたら三ヶ月くらい経ってたのかもしれないですけど。

 

 そういえば私、今回の経験で思ったことがあるんです。時間って、一直線にあるものではないんじゃないかって。つまり、時間には主観的な時間と客観的な時間とがあって、人間でも、人間以外でも、それを文字通り行ったり来たりしてるんじゃないかって思うんです。人生を楽しんでる人ほど若く見えるとか、そういうのありますよね。あれって本当に他の人より生きてる時間が短いから、ああなってるんじゃないでしょうか。

 

 え? それよりも話の続きを? はは……まあ、落ち着いてください。顔が怖いですよ。さっさとこんな取り調べは終わらせたいっていう本心が出ちゃってるじゃないですか。そうイライラしないでください。別に話をはぐらかそうとしてるわけでも、先延ばしにしようと思ってるわけでもないんですから。これからちゃんと話しますよ。

 

 栞を殺したことについてですよね。

 

 ええ、まあどうして殺したかというと、彼女が急に言い出したからです。『自分にはやっぱり他に好きな人がいる』って。

 

 さあ、私は見たこともないですけど、近所のコンビニでアルバイトしてる男子大学生らしいです。何回か顔を合わせていたら連絡先を聞かれて、やり取りしてるうちに好きになってしまったそうです。

 

 その話を聞いた時、私は思いました。もうここで殺さなきゃって。

 

 どうしてって、直感です。栞はもう今にも、この世界から出て行ってしまうように感じたんです。

 

 そうですよ。だから殺したんです。栞が自分一人だけここから出て行って、ロクでもない、どこから出てきたかも解らない男に身も心も汚されるくらいなら、もういま殺すしかないですから。

 

 ええ、縄跳びのロープで、後ろから首を絞めて。迷いはなかったです。それに、栞も全然抵抗しませんでした。まるで自分の死を受け入れているみたいに……って、その時の私は思いましたけど……。

 

 それから? それからは……変わらず、そのまま栞と一緒にいようと思いました。でも、いられませんでした。栞だけは時間が進んでいることが解ってきたので……。

 

 いえ、腐敗が進んで耐えられなくなったとか、そんなことはありません。でも、そうです。そうなっていきそうな感じがあったので……そんな栞を見てしまう前に、彼女を埋めました。

 

 はい、あの花壇に。それは大変でしたよ。私なんかじゃ栞の身体を持てないので、大きい段ボールに入れて、ゆっくり引きずって外まで運びました。穴を掘るのにも一日くらいかかったんじゃないでしょうか。

 

 でも、なんとかそうやって栞を埋めて、それからは……よく憶えてないです。いえ、憶えてないというか、本当に何もしていませんでした。というか、できるわけないですよね。だって、人を――栞を殺したんですから。何も考えられませんでした。

 

 反省というよりは……受け入れられなかったんだと思います。自分が何をしてしまったのか、栞はいま土の下でどうなっているのか……何も考えないようにして、栞を埋めた場所も見ないようにもしてました。

 

 どれくらいの時間、そうしていたかは解らないです。でも、そのうち自分のしてしまったことが解るように――というか、受け入れられるようになってきて……でも、結局どうすればいいのかは解りませんでした。何せ時間が止まっていて、警察に自首をして罪と向き合う、なんてこともできないわけですからね。ただ自分を責めて後悔したり、あるいはやっぱり悪いのは栞だと思ってみたり……そんな考えをぐるぐる、行ったり、来たり。


 もしかしたら、一年くらいはそうしていたのかもしれません。自分としては、それくらい長いあいだ何もせず過ごしていて……でも、そんな時でした。スピーカーから栞の声がしたんです。


 そうです。あの、教室の黒板の上にあるやつです。私はそのとき音楽室にいたんですけど、学校中のスピーカーから響いてたと思います。ええ、間違いないです。ほんの一言でしたけど、あれは間違いなく栞の声でした。私が間違うはずありません。

 

 はい、一言。


『ねえ、私の所に来て』と。

 

 まあ、怖いですよね。私も怖かったです。でも考えてみれば、まだ栞はやっぱりここにいるんだろうなって思いました。もし自分だって誰かに殺されたら、その人間のことが憎くて目が離せなくなりますよ。だから、まあ栞もそうかも、って……。

 

 なので、私は久しぶりに、あの花壇に行ってみることにしました。いえ、その時にはもうあまり怖くはなかったです。むしろ、喜んで向かっていたと思います。

 

 はい、そうです。なぜって、もしも栞が幽霊になっていて、殺された恨みで私に仕返しをしようとしてるなら、それを受け入れたいと思ったからです。あの世界に罪の裁きというものがあるとしたら、唯一それしかないでしょう。私はむしろ呪い殺されたいと思って、しかも栞に殺されるなら本望だと思って、そこに行ったんです。

 

 でも、栞はいませんでした。


 代わりに、花壇に花が一本、咲いていたんです。

 

 はい、花に詳しくはないので名前は解らないですけど、スラッと茎が長くて花びらの大きい、真っ赤な花でした。それはもう眩しいくらいに真っ赤で。どこを見ても青みがかった世界の中で、本当にそれは輝いて見えました。なんとなく栞の立ち姿にも似てるな、なんて感じたりもしましたね。


 いえ、元からそこにあったわけではないです。だって、栞を埋める時、私が全部の土をひっくり返してるわけですから、もし以前からそこにあったとしても残ってるわけがないんです。その後、私がどこからか花を持ってきたっていうわけでもないですし。

 

 なので、私もそれを見て驚いて……でも、すぐに解りました。これは栞からのメッセージだって。

 

 別に、私は幽霊の存在を積極的に信じてる人間じゃないです。でもそんな状況になったら、そう思うしかないでしょう。急に栞の声がして、呼ばれて行ってみたら、そこにあるはずもない花が咲いていたんですから。きっと栞は私に何かを伝えようとしているんだって、そう思ったんです。

 

 だから――はい、私はその花を食べてみることにしました。


 驚くかもしれないですけど、私なりにたくさん考えた結果ですよ。栞の声が聞こえたのはあれっきりだったので、所詮は私の想像でしかないわけですけど……でも、私が今ここにいるということは正解だったっていうことだと思いませんか。『自分はここから出て行ける。一つの身体になろう。そうすれば、あなたも一緒に連れて行ける』。栞はそう言ってるのかもしれないっていう、私の想像。

 

 どうやって食べたか、ですか? イヤなことを聞きますね。でも、まあ……もちろん大切に扱って食べましたよ。あまり考えないようにはしましたけど、その花はまるで栞の新しい肉体のようにも感じましたし……。それに、栞の身体を土に埋める時、混乱していたとはいえ、ずいぶん雑なことをしてしまったと後悔していたんです。なので今度こそはちゃんと葬ってあげないとなって、そう思ったんです。

 

 だから、犬みたいに花を食べるんじゃなくて、なるべく丁重に、儀式みたいな感じで食べることにしました。そうです。証拠にも残っていますよね。私は花を摘んで家庭科室に持っていって、棚にあった食器の上にそれを盛りつけて、フォークとナイフも用意して……食べました。

 

 気分? 最悪でしたね。花びらの味も薬みたいにすごく苦かったですし……でも、その時はそれが少し嬉しかったです。この苦い味は栞なりの仕返しなのかなって、そう思ったら。


 はあ、はい、そうです。その後の私の行動は、色んな人が見たままのことかと。私は気づいたらいつも通りの朝の学校にいて、それからすぐに職員室に行って、警察に電話をしてもらいました。

 

 いえ、そう言われても……これが私の言える全てのことで、自分の罪とも向き合っているつもりです。そう見えない? それはたぶん、あなた方にとっては事件があったのはちょっと前のことですけど、私にとってはかなり前のことだっていう、そういう理由もあるんじゃないですか?

 

 はあ、私はおかしい人間ですか? そうやって私を違う世界の生き物みたいに扱おうとしますけど、私からすればあなた方はただ幸運だっただけです。あなただってそうですよ、運良く毒に適応できたか、あるいは運良くそれとは無関係の生活を送れただけじゃないですか。

 

 何の毒って、青春っていう毒ですよ。あんなものは猛毒です。あれにかかったら、人間の時間はそこで止まってしまうんです。私はその症状が特に酷かったんだと思います。

 

 いや、立派な毒ですよ、あれは。まあ全然毒を毒とも感じない人もいるんでしょうけど、何年もじわじわ苦しみ続ける人もいれば、中には何十年も経ってから急に体内で毒が(はじ)ける人もいるんじゃないでしょうか。



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