縁談広告。お飾りの妻を募集いたします。年齢不問、未経験歓迎、委細面談。
「嘘でしょう? まさか本気で募集しているのかしら?」
王都の中央広場。噴水のへりに腰かけて、誰かが捨て置いたらしい本日付けの新聞を読んでいたマイラは思わずつぶやいた。職を求めて開いていた新聞の三行広告。ここでは毎日、求人から迷い人探しまでさまざまな呼びかけが行われている。その一角に目を疑うような広告が掲載されていた。
――縁談広告。お飾りの妻を募集いたします。年齢不問、未経験歓迎、委細面談。アルヴィン・ハワード――
政略結婚が横行する世の中だ。白い結婚や愛人、隠し子など珍しい話ではない。とはいえ、だからといって倫理的に許されるかと言われればそうではない。持参金目当てで結婚し、娶った嫁をお飾りの妻に仕立て上げて放置するなんて外聞が悪すぎる。
お互いに納得していたとしてもお飾りの妻を新聞広告で募集するなんて、正気の沙汰ではない。そんな相手と連絡を取り、面接を申し込もうとするなんて飛んで火にいる夏の虫だ。
けれどマイラはその三行広告を穴が空くほどじっと見つめていた。それというのも、マイラは先ほど婚家から無一文で叩き出されたばかりだったからである。
***
マイラは、三年前にとある貴族の跡取り息子に嫁いだ商家の娘だ。
嫁ぎ先は歴史だけはある伯爵家で、歴代の当主がどうにも無能だったらしい。資金繰りが悪化し、いよいよもって進退窮まったところに水害が発生し、首が回らなくなってしまっていた。
一方のマイラの実家はと言えば、成金の商家である。早くに母が亡くなったこともあり、父親はマイラのためだと言って若い女性と再婚をしていた。そしてよくある話の通り、異母弟妹が生まれると露骨にマイラの扱いは悪くなった。
早急に援助が欲しかった伯爵家と厄介者を押し付けたかった継母の思惑が重なった結果、マイラは嫁へと出されることになったのである。マイラにとって幸せな新婚生活など望むべくもない。何せ婚家が欲しかったのはあくまでお金なのだ。新婚初夜に白い結婚を言い渡された時点で、マイラはすっかり諦めてしまっていた。
そもそも夫となった伯爵令息には結婚予定だった幼馴染の恋人がいたらしい。マイラは金で恋人同士の愛を引き裂いた悪女として、相当な嫌がらせを受けることになった。そして結婚式から三年が経ち、マイラは石女として家を追い出されてしまったのである。
その上、本来であればマイラの元に戻ってくるはずの持参金や嫁入り道具も取り上げられたままだ。おそらくは、幼馴染の恋人のお腹に宿っている小さな命のために使うつもりなのだろう。マイラに白い結婚を強いた挙句、さらに踏みにじられるとは。
マイラは商家の娘として、商売の酸いも甘いもよく理解している。正しさだけでは勝てないことは往々にしてあるのだ。誰もがマイラに背を向ける。家族の姿は、後ろ姿しか思い出せない。唇をぎゅっと噛みしめて、彼女は涙をこらえる。
頼る相手などいない彼女にとって、胡散臭い新聞広告は救世主のように輝いて見えたのだった。
***
とはいえそんなマイラにも、ひとつだけ心配なことがあった。連絡先として記載されていたのはこの辺りでも有名な侯爵家の屋敷だったのである。果たしてお貴族さまが、あんな馬鹿みたいな新聞広告などを出すのだろうか。そもそもの話、紹介状も持たずにやってきた平民女を、門番が取り次いでくれるとはとても思えなかった。
だが屋敷の前までやってきたマイラは、別の意味で驚くことになった。三年前、マイラが例の伯爵家に嫁入りしたばかりの頃はよく手入れされた美しいお屋敷だったはずが、幽霊屋敷と揶揄されても仕方がないほど荒れ果てていたのである。自分が社会から隔離されている間に一体何が起きたのだろう。
「あの、新聞広告を見てまいりました。マイラと申します。まだ間に合うのでしたら、ぜひとも採用していただきたいのですが……」
緊張を飲み込み震える声で用件を告げる。マイラが門に手をかけたその時、施錠されていたはずの門はするりと空いてしまった。そして彼女が中に倒れ込むと同時に、再び鍵がかけられてしまったのである。あまりにもタイミングが良すぎる。まるで誰かが獲物が訪れるのを手ぐすね引いて待っていたかのような。
「……一体何が起きたの? こんなことってある?」
大声で騒げば誰かが閉じ込められたことに気づいてくれるかもしれない。けれどその後は、ここに迷い込んだ気の毒な無辜の市民ではなく、侯爵家の敷地内に無断で入り込んだ不審者として警邏に引き渡されそうな予感がして胃が痛くなった。
ここまで来たらいっそ前へ進むしかない。妙なところで肝が据わっているマイラは、荒れ果てた屋敷の中に入る覚悟を決めた。
***
そして現在、マイラは三か月の試用期間中なのであった。仕事ぶりに問題がなければ、最長三年間の契約妻として雇用されることになるらしい。本日やるべき仕事を確認すべく、マイラは業務日誌を開く。
[所属]ハワード侯爵家 (アルヴィン・ハワードの妻)
[氏名]マイラ・ハワード
[本日の目標]庭の手入れ、屋敷の掃除の監督業務。三時のおやつ作り。
[業務概要]侯爵家の屋敷としてそれなりの体裁を整えるために、庭と屋敷の手入れを行う。また三時のおやつ用のクッキーは、マイラ本人に焼いてもらいたい。昨日焼いてもらった量では足りなかったため、本日は倍量でお願いする。ココア味が人気だが、自分はシンプルなプレーンが好みだ。なお、材料はいつも通り食糧庫の中に補充している。
[反省・問題点]女主人としての仕事ぶりは素晴らしいが、根を詰めすぎるきらいがある。三年間放置していた屋敷は三ヶ月では元通りにならない。頑張り過ぎないように。申し訳ないが、門の鍵は今のところ開くことができない。不便をかけるが許してほしい。
[明日の目標・改善点] のちほどマイラ・ハワードが記入の上、アルヴィン・ハワードが追記。
この業務日誌は、マイラが屋敷の中に足を踏み入れた際に鍵束と共に出現したものだ。どうやらマイラはお飾りの妻として合格したばかりか、女主人として各部屋の扉を開ける権利も得たらしい。
破格の待遇だが、そんなマイラにも許されていないことがふたつだけあった。ひとつは門の鍵を開けて外に出ること、そして書類上の夫であるアルヴィン・ハワード本人に会うことである。代わりに必要なことは業務日誌を通して連絡し、それぞれに対して回答をもらう形になっていた。
「あら、クッキーは旦那さまのお口にあったようね。それではご要望通り倍量で作りましょう。まったく同じものを倍量では芸がないから、いくつかさらに別の味のものも用意しておこうかしら」
アルヴィンは姿を見せないが、それは屋敷で働いている庭師やメイド、その他使用人たちもまた同様である。マイラは女主人として彼らの仕事ぶりを監督しているはずなのだが、実際に働く彼らの姿はまだ一度も確認できていない。彼らが存在することの証明は、マイラが用意した三時のおやつが綺麗になくなっていること。ただそれだけなのである。雇い主の目になるべく触れないというのはできる使用人の技能ではあるが、さすがに気配さえ確認できないというのは奇妙過ぎる事態であった。
ときどきマイラは、自分の仕事はお飾りの妻というよりも使用人のようだと思わないこともなかったが仕事自体は苦ではない。むしろ何をやっても文句ばかり言われていたかつての婚家である伯爵家とは異なり、自分の裁量で物事が進められる侯爵家での仕事は楽しくて仕方がなかったのである。
もちろん、この結婚が異質であることをマイラも重々承知している。最初はアルヴィンの死を受け入れられない両親が、アルヴィンの振りをしてマイラにままごとの新婚生活をさせているのかと疑っていたくらいだ。けれど毎日送られてくる業務日誌には、「振り」や「真似」とは言えない、生身の人間の温もりが込められていた。だから、マイラはこの業務日誌はアルヴィン本人が書いているのだと信じている。生きているにもかかわらず、アルヴィンがマイラの前に姿を現わさない理由にもある程度想像がついていた。それはつまり、容姿の問題である。
(旦那さまは病気か事故で、女性に姿を見せることが難しいのではないかしら。お見合いも成立しないような状態だからこそ、求人広告に「お飾りの妻募集」と書いていたのかもしれない。もしかしたら伝染性の病気の可能性もあるのかも。あんな方法に頼るくらい、旦那さまも疲れてしまったのでしょう)
どんなに美しい姿をしていても、悪魔のような人間だっていることを先の結婚でマイラは思い知っている。だからこそ丁寧で実直そうな文字と、端的でありながら優しさのにじみ出る言葉遣いにマイラは好感を持ち始めていた。
[所属]ハワード侯爵家 (アルヴィン・ハワードの妻)
[氏名]マイラ・ハワード
[本日の目標]打合せ。書類作成。
[業務概要]契約結婚に関する契約内容のすり合わせと書類作成。
[反省・問題点]特になし。
[明日の目標・改善点] 特になし。
最初の頃は縁談広告と同じように、業務日誌にも必要最低限のことしか書かれていなかった。それが少しずつアルヴィンの感情が垣間見えるようになったことが嬉しくてたまらない。いつか遠目に、後ろ姿だけでも構わないから、家族として見ることができたらいいなとマイラは考えていた。
***
「あら、旦那さまったらどうなされたのかしら?」
その日朝から受け取った業務日誌は、いつもの一糸乱れぬ几帳面なアルヴィンの文字とらしからぬ、妙に慌てているような印象を受けた。何が起きたのか、乾いていないインクをうっかり触ってしまったようで、ページの端をあちこち汚してしまっている。業務日誌上でしか知りえないとはいえ、アルヴィンとは思えない粗忽な行動に首を傾げつつ、マイラは業務内容の確認を行うことにした。中身を見れば、アルヴィンの奇行の理由が何かわかるかもしれない。
[所属]ハワード侯爵家 (アルヴィン・ハワードの妻)
[氏名]マイラ・ハワード
[本日の目標]来客対応。三時のおやつ作り。
[業務概要]急遽、来客対応あり。話が通じない可能性が高い。身の危険を感じた場合には、どんな手段を講じても構わない。安全第一。
[反省・問題点]かねてよりお願いをされていた門の鍵だが、本日付けでの開錠が決定した。ただしそれに伴い、来客対応をしてもらうこととなる。君のことが心配だ。隣にいられないことが歯がゆくてならない。何かあった際には、どうか自分を頼ってほしい。わたしを呼んでくれ。必ず駆けつける。
[明日の目標・改善点] 君と一緒に、三時のお茶をしたい。食べるだけではなく、自分もお菓子作りを手伝ってみたい。君も自分と一緒に暮らすことを望んでくれるだろうか。
普段の控えめな気配りとは異なる直接的な物言いに、マイラは急に頬が熱くなった。これではまるで、アルヴィンが自分のことを大切に思ってくれているようではないか。彼にとっては、あくまで自分は都合の良い雇われの契約妻でしかないというのに。
それにしても、ここまでアルヴィンが警戒する相手というのは一体誰なのだろう。不思議に思っていると、乱暴に玄関の扉が叩かれる。ここへ来てもうずいぶんと経つが、その間この屋敷を訪ねてきた人間などいなかった。それなのに一体どうしてと思いかけて、先ほど目を通したばかりの業務日誌を読み直す。
(門の鍵が開いたから、招かれざる客が来てしまった……ということなのかしら)
鍵が開くということは、自分が外へ行くことができるのではなく、相手もまた自分の内側へ入り込んでくることができるのだ。中に閉じこもってさえいれば安全だったのに。そんな当たり前のことに気づき思わず目を丸くするマイラだったが、意を決して扉を開けることにした。業務内容に来客対応がある以上、居留守を決め込んで問題が解決するとは思えなかったのだ。そして目の前に現れたのは、意外な人物だった。
***
「探したぞ。マイラ、家に戻って来い」
「何をおっしゃっているのでしょう。私たち、既に離婚をして、他人になっているはずです。何よりも私、あの後すぐに再婚しましたの」
どうやって居場所をつかんだのか、離縁したはずの元夫が仁王立ちしている。マイラがいた頃には伯爵家のやりくりはマイラが行っていたし、マイラの実家からの援助金もあった。離縁したことで援助を打ち切られ、とりあげた持参金も使い切ってしまったのだろう。全体的にくたびれた服装から、今の暮らしぶりは何となく察せられた。
「僕が騙されるとでも思っているのか。侯爵家の嫡男が、数年前に失踪したのは有名な話だ。侯爵家の当主夫妻は妖精に誘われて異界に行ったなどとうそぶいていたがな。どういう事情かはわからないが、当主夫妻に頼まれた新婚生活を送っている振りでもしているのだろう? まったく笑ってしまうほど可哀想な女だな」
初めて知る情報に尋ね返したくなるのを必死にこらえつつ、マイラはあくまで淡々と元夫の勘違いを正す。そう、確かにこの結婚はまやかし。仮初のものだ。それでも自分は決して可哀想なんかではない。
「アルヴィンさまとの結婚生活は幸せそのものです」
「お前はここでひとりで暮らしているくせに?」
「アルヴィンさまの優しさは、日々しっかりと私に伝わっておりますもの」
顔が見えないからこそ、文字でのやり取りから垣間見えるひととなりが愛おしかった。真面目で誠実で、けれど妙に不器用で、そんなアルヴィンだからこそ支えてあげたいと思うのだ。こんな状況だというのに、アルヴィンのことを想えば自然と微笑みが浮かぶ。柔らかく口角を上げたマイラの姿に、なぜか元夫はたじろいでいた。
「意地を張らずに帰ってこい」
「申し訳ありませんが、私は今のままで幸せです」
「お前はひとり寂しく生きていくつもりなのか。実家も頼れない哀れな女を引き取ってやろうといっているのだ。感謝こそすれ、このようにあしらわれるいわれはないはずだが?」
「それこそ、あなたの思い上がりというもの。私の幸せは私が決めます」
アルヴィンが訳ありであることは、紛れもない事実だ。それでもいろんなことを飲み込んでひとりで生きてきたマイラに、日常の美しさと優しさを思い出させてくれたのはアルヴィンだった。お飾りの妻だから、契約結婚だから何だと言うのだ。アルヴィンがマイラのことを不要だというまでは、そばを離れてやるつもりはない。
「お前は黙って僕に従えばいいんだ!」
殴られそうになり、たまらず床にしゃがみこんだ。いつものマイラなら何をされてもきっと我慢したはずだ。
けれど、アルヴィンは業務日誌に何と書いていただろうか。こんな時は我慢しろと言っていただろうか。違う、アルヴィンはいつもマイラのことを心配していた。頑張り過ぎだと。もっと自分を頼ってほしいと。
だからマイラは叫んだ。ここにはいないはずのアルヴィンに、絶対に伝わるのだと信じて。
「アルヴィンさま、助けて!」
***
その瞬間、勢いよく元夫が吹き飛んだ。倒れ込みかけたマイラを抱きとめたのは、息を呑むほど美しい、どこか彫刻めいた表情の男だった。まっすぐにマイラを見つめてくるその真摯な眼差しに、目の前の美丈夫がアルヴィンであるのだと不意に思い至る。
「妻に無体な行動を行ったこと、存分に後悔させてやろう」
「待て、話せばわかる!」
「貴様と話すことなど、何一つない。ああ、彼らもお怒りだ。何せ、彼らもマイラが大好きだからな。彼女を傷つけたお前のことを、わたし同様、容易には許しはしない。ああ、死ぬことはない。ただし、二度と会うことはないだろうが」
「何を言って……。やめろ、離せ、一体どうなっている!」
光がねじ曲がり、霧のように元夫の姿がかき消える。代わりに辺りにはふわふわとした優しい光の珠が浮かんでいた。
「アルヴィンさま、ですよね?」
「ああ、遅くなってすまない。怖かっただろう?」
「いいえ、きっと来てくださると信じておりましたから」
アルヴィンが目を丸くすると同時に、辺りの光の珠もまたきらきらと輝き出した。耳を澄ませば、鈴の音のような音が鳴り響いている。
「これは、笑い声?」
「やはりマイラにも素質があるようだな」
アルヴィンが後ろを指差せば、庭師の格好をしてみたり、メイド姿をしてみたり、思い思いの姿をした小さな妖精たちが、きゃらきゃらと笑い声をあげていた。
アルヴィン・ハワードは、妖精に愛された人間だ。問題だったのは、愛されすぎて妖精たちがアルヴィンの願いを何でも叶えたがってしまう点だろうか。時期外れの花が見たいと話せば、無理矢理花を咲かせてしまう。図鑑を読んで希少な鉱物に興味を持ってみれば、あるはずのない場所から簡単に掘り当ててしまう。
大喜びする家族の中で、アルヴィン本人だけは自身の不幸に気づいていた。そして彼の予想通り、自分勝手な人間たちによって振り回された結果、すっかり人間不信になってしまったのである。そして人間関係を常日頃から煩わしく感じていたアルヴィンは、ある日ぽつりとつぶやいてしまったのだ。
――妖精の力抜きで、自分を見てくれるひとが見つかるまでもう誰にも会いたくない――
そして、あっさりとその願いを叶えた妖精によって間の世界に引き込まれ、誰にも会うことのないまま数年間を気ままに過ごすことになったのである。
「妖精たちに、そろそろ嫁探しをしてみろとせっつかれてね。気乗りしないまま、新聞に広告を出したんだ。どうせ視認できないだろうとは思いつつ、仕事として誠実に取り組んでくれる相手なら自分を見てくれるかと期待してね」
「アルヴィンさま。それでは妖精の力うんぬんの前に、お金目当ての訳あり女しか近寄ってきません。本末転倒では?」
「君に出会えたのだから、新聞広告は正解だったのだと思っている。そもそも心からわたしのことを信頼して共にいたいと思ってくれていなければ、ここに帰ってくることはできなかった。たとえわたしが戻ってこられずとも、妖精たちが君を助けただろうけれどね」
「アルヴィンさま、そんなことを言われたら私……」
「マイラ、君に出会えて本当によかった。これからもそばにいてくれ」
ゆっくりとマイラの瞳が潤み、透明な雫が頬を伝い落ちた。
***
マイラの試用期間は無事に終わったが、三年間の契約結婚には至らなかった。その代わりに、契約条件を大幅変更した上での永久雇用となったのである。きらめく指輪を差し出しながらアルヴィンが条件変更の申し入れを行ったが、それが求婚であることにマイラが気が付くまでかなりの時間を要したことも今ではすっかり笑い話だった。
「お友だちに夫婦の馴れ初めを聞かれたのですけれど、お仕事で仲良くなったと話しておりますの」
「言いえて妙だな。まああれは、求人広告ではなく縁談広告だったのだが」
「新聞広告の件だけを言っているのではありませんよ。私がアルヴィンさまと仲良くなったのは業務日誌があったおかげですもの。『仕事』と称しても嘘にはなりませんわ」
「……あれは業務日誌ではない」
「まあ。それでは一体何だとおっしゃるの」
しばし逡巡した後、アルヴィンはうつむきがちに口を開いた。
「……交換日記だ」
「旦那さま。もしよろしければ今度、手紙の書き方も確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わないが、なぜ背中にしがみつく?」
「このあたたかくて広い背中が、大好きだからですわ」
後ろ姿は拒絶の象徴ではなく安心の証である喜びを噛みしめながら、マイラは頬ずりをした。ちなみに後から確認したアルヴィンの手紙は、電報に酷似していたことは言うまでもない。けれどマイラとの結婚生活が長くなるにつれてアルヴィンの語彙力は増えていき、それとともに眉間に深い皺の刻まれていたアルヴィンの顔には、優しげな微笑みが浮かぶようになっていたのだった。
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