第9話 皇帝からの感謝
宝冠を頭に戴いたランカシャーは、皇帝として宮殿テラスで立っていた。
今日は皇帝即位の式典がある。宮殿の広場では、諸侯たち群衆が新皇帝の演説を待ちわびている。
ランカシャーは左後方に顔を向けた。大陸統一に多大な貢献をした功によって宰相に任命されたミリアスが、皇帝の視線の先で控えている。そのとき、ランカシャーはミリアスと目が合った。ミリアスは微笑んだが、ランカシャーは慌てて目を逸らした。そのとき、ランカシャーは思い出した。
今までの外交や謀略、戦略において、どれだけミリアスの知略に助けられたことだろう。
次に、ランカシャーは後方で並ぶ側近たちに顔を向けた。その中には、将軍アルケニスの姿があった。アルケニスはランカシャーと目が合うと笑顔でうなづいた。そのとき、ランカシャーは思い出した。
危険と混乱を極める戦場で、どれだけアルケニスの武勇に助けられたことだろう。
ランカシャーは複雑な気持ちになった。
俺様は、ミリアスやアルケニスがいたからこそ、大陸を統一できたのだな······。
「陛下、皆の者が演説を待っております」
ミリアスが耳元で囁いた。
「うむ。ありがとう、ミリアス」
ランカシャーから発せられたその言葉に、ミリアスだけでなく、ランカシャー自身も驚いた。今まで、配下たちに感謝の言葉を発したことがなかったからだ。
突然、皇帝からの感謝を受けたミリアスは、うつむき、両肩を小刻みに震わせながら後ずさりした。
陛下が、あのランカシャーが、僕に「ありがとう」と言ってくれた。
ミリアスは頬を伝う涙を隠した。
ランカシャーは黄金製の手すりに近づくと両手を大きく広げた。広場からの大歓声が大空に広がる。
「本日、余、ランカシャーは皇帝に即位した。我が臣下、臣民たちよ。我が覇道への貢献に感謝する!」
ランカシャーの言葉に、さらに大歓声があがった。
「しかし、だ!」
突然、ランカシャーの語気が強くなった。
「広場中央にいる4人の亡国の王たちは、我が覇道、勝利を妨害した。余は、この敗北者たちを許すことはできない」
皇帝の演説原稿を作成していたミリアスは、ランカシャーが原稿にはない言葉を発したことに驚いた。
「4人の亡国の王たちに命ずる! お前たちの首を帝国に捧げよ!」
ランカシャーが眼下の広場に向かって大声で命令すると、亡国の王たちを取り囲んでいた兵士たちが一斉に剣を抜いた。
「皇帝陛下! 亡国の王たちに御慈悲を!」
群衆のどこからか言葉が発せられた。ランカシャーは、その言葉を聞き逃さなかった。
「我が兵士よ。余の命令を阻もうとする者を斬り殺せ!」
ランカシャーが命令を発すると、群衆の中から悲鳴があがった。
「陛下、今日この日だけは、処刑はなりませぬ!」
左後方に控えていたミリアスが皇帝を諌めた。
「お前は黙っておれ!」
ランカシャーはミリアスを一喝した。
ミリアスはランカシャーの性格を熟知していた。
ランカシャーは、一度決めたことに対しては容易に撤回しないのだ。
ミリアスは、黙り込むしかなかった。
こうして4人の亡国の王たちは斬首された。宮殿テラスから処刑の様子を眺めていたランカシャーは、侍女に赤ワインを持ってこさせると、一気に飲み干した。
宮殿の広場は静まり返っている。群衆は、皇帝即位の式典で真っ先に行われた処刑にショックを受けて動揺していた。
動揺していたのは、群衆だけではなかった。ミリアスやアルケニスなどの配下や侍女たちも同じだった。
ミリアスは、宮殿テラスで高笑いをしているランカシャーを見つめながら、帝国の将来に不安を覚えずにいられなかった。