第7話 皇帝のご乱心
ランカシャーは、帝都の宮殿テラスで突っ立っていた。眼下では宮殿の広場を埋め尽くすほどの群衆がざわめいている。
「陛下、陛下、どうされましたか?」
軍師ミリアスが、呆然としながら突っ立っているランカシャーに声をかけた。ランカシャーはミリアスへ顔を向けた。
「ミリアス!」
ランカシャーは驚いて目を見開いた。
「どうされましたか、陛下。そんなに驚かれて」
ランカシャーは困惑した表情でミリアスを見つめた。
「ミリアス。お前、生きておるのか?」
「はい、生きております。この乱世を陛下のおかげで生き延びることができました」
ミリアスは微笑みながら、皇帝に会釈した。
「そ、そうか。分かった」
「陛下、そろそろ皇帝即位における演説のお時間です」
「うむ」
ランカシャーは平静を装っていたものの、内心では動揺していた。
突き落としたはずのミリアスが生きていて、殺されたはずの俺様が、また宮殿テラスにいる。あの闇の中で女が言っていたように、俺様は過去に戻ったのか。ということは!
ランカシャーは、素早く振り返った。ランカシャーの後方では側近たちが並んで立っている。その中には、将軍アルケニスが含まれていた。
アルケニスは大陸随一の剣術を備えており、天下無双の呼び声が高い。ランカシャーの父親の代から仕えており、近衛兵たちから絶大の支持と信頼を得ている。
アルケニスを見つけたランカシャーの心に制御不能な憎悪の炎が広がった。ランカシャーの怒りに震えた右手が腰に帯びた剣の柄を握る。
「おのれ、アルケニス!」
ランカシャーは剣を引き抜くと、甲冑姿のアルケニスに斬りかかった。
「陛下、どうなされたのです!」
ランカシャーの傍らにいたミリアスが慌てて皇帝の右腕を掴む。すると、ランカシャーはミリアスの手を振り払うように振り返りながら、同時に剣を振り回した。
「あ!」
短い叫び声があがると同時に鮮血がテラスに散った。その直後、ミリアスが首から血を噴き出しながら倒れた。テラスに悲鳴があがり、文官や侍女たちが慌てふためいた。
「ご乱心だ!」
側近の誰かが叫んだ。ランカシャーは、すでに事切れて倒れているミリアスを呆然と見つめた。しかし、すぐにランカシャーの憎悪の炎が彼を再び突き動かした。
ランカシャーは叫び、剣を構えながらアルケニスに向かっていく。
「死ね! この裏切り者!」
アルケニスは、訳が分からないまま突っ立っていたが、ランカシャーが本気で自分を殺そうとしていることに気づくと、素早く腰の剣を抜いた。
剣を振り下ろすランカシャーと、剣で守りの構えをとるアルケニスが交差した。その瞬間、側近や侍女たちの誰もが、時間が止まったような感覚を覚えた。
ドサッ。
一瞬の静寂の中で、人が倒れる鈍い音がテラスに響く。剣先から滴る血。大理石の床に広がっていく血の海。その直後、呆然と突っ立っていたアルケニスが鮮血に染まる剣を床に落とした。そして、両膝をがくりと落とし、両手で顔を覆った。
ランカシャーは、死んだ。
ランカシャーはアルケニスを殺そうとしたが、逆にカウンターを受け、剣先で首を貫かれて即死したのだった。
皇帝即位の式典の最中に起きた皇帝のご乱心と皇帝の死は、大陸の諸侯たちを失望させ、再び彼らの野心に火をつけた。その結果、諸侯たちは独立し、大陸は再び戦乱の時代に突入したのだった。