第18話 鬱皇帝
皇帝即位したランカシャーは、ひときわ高い宮殿テラスで群衆の注目を集めていた。ランカシャーの耳に届く眼下からの歓声。しかし、ランカシャーの表情は曇っていた。
俺は、なぜ皇帝になったのだ······
ランカシャーは心の中で自問自答を繰り返した。
「陛下、演説のお時間です」
ミリアスがランカシャーの耳元で演説開始を促した。ランカシャーはミリアスの目を真っ直ぐに見つめた。
「ミリアス。皇帝とは何なのだ?」
ミリアスは、皇帝からの突然の質問を理解できなかったらしく、ポカンとランカシャーを見つめた。
「俺は皇帝になった。だが、皇帝というものが分からなくなったのだ」
「陛下は大陸の人々を束ねる指導者。それが皇帝でございます」
「人々を束ねる? 俺は、そんなことのために皇帝になったのではない」
「どんな理由でも良いのです。陛下が皇帝であれば、大陸は平和なのです」
ミリアスは焦り始めた。これから皇帝の演説を行わなければならないのに、今さら「皇帝とは何か」なんていう問答を繰り返している場合ではないのだ。
「俺は皇帝即位して以来、何度も死んできたのだ。皇帝の意味が分からずまた何かをやらかして死にたくない」
突然の、皇帝による意味不明な発言を前にしてミリアスは唖然とした。そんなミリアスの表情に気がついたランカシャーは、自分の失言に気がついた。しかし、それはランカシャーの鬱積した思いを吐き出すきっかけになってしまった。
「なあ、ミリアス。俺は自分でもどうすればいいのか分からないのだ! お前は信じないだろうが、俺はもう何度も皇帝即位しては、結果的に長生きできずに悲惨な死に方を繰り返している。これでは、せっかく皇帝即位したのにバカバカしいではないか!」
ランカシャーはミリアスに顔を近づけて興奮した口調で鬱憤を放った。そんな皇帝を、ミリアスは残念そうな表情で見つめた。
皇帝即位という喜ばしい日に、この人は何をおかしなことを言っているんだ。気がふれてしまったのか?
「陛下、落ち着いてください! のちほど陛下のお話をじっくりお聞きしますので、今は、昨夜打ち合わせした通りの内容で演説をお願い致します!」
「嫌だ! 俺は皇帝になってから死にたくない! いいか、ミリアス! 俺が皇帝即位するとな、亡国の王たちや諸侯、民までもが反乱を起こすのだ! よく見ろ、ミリアス! この群衆は、いつか俺を殺すんだ! 俺は死にたくない!」
ランカシャーは群衆を指さしながら叫んだ。
宮殿テラスで何かを喚き散らしている皇帝を見た群衆は、何事か、と静まり返った。
ランカシャーの後方で並んでいた側近たちが、ミリアスに駆け寄ってきた。側近たちは、皇帝が意味不明な言葉を叫んでいる様子を愕然とした表情で見つめている。
「ミリアス、陛下に何が起きたのだ?」
側近のひとりがミリアスに尋ねた。
「私にも分かりません。ただ、陛下は、皇帝になると殺される、そんな言葉を繰り返されています······」
ミリアスにとって盟友でもあったランカシャーが発狂したことで、彼自身もショックを受けていた。そのとき、叫び声をあげ続けていたランカシャーが側近たちに目を向けた。
「お、お前らも、俺を殺すんだろ! 皇帝即位した俺を殺して別の皇帝を擁立するんだろ!」
ランカシャーは側近たちを指さしながら険しい表情で叫んだ。
「な、何をおっしゃっておられるのです! 我々は陛下の忠実な······」
側近のひとりが、しどろもどろにそう答えたときだった。突然、ランカシャーが腰に帯びていた剣を引き抜いた。
「俺はお前らに殺されないぞ! お前らなんかに殺されてたまるか! お前らに殺されるくらいなら潔く!」
ランカシャーはそこまで口にすると、剣身を自身の首元に押し当てて素早く引いた。次の瞬間、宮殿テラスに鮮血が勢いよく飛び散った。群衆や側近たちから悲鳴があがった。
ランカシャーは死んだ。
ランカシャーの死後、宰相のミリアスは皇帝に呪いをかけた、という根拠の無い理由で裁判にかけられて処刑された。
その後、大陸の諸侯たちは再び独立して群雄割拠、再び戦乱の時代に戻ったのだった。




