第16話 歴史皇帝
ランカシャーは、皇帝に即位した。
帝都の宮殿テラスから眼下の広場を見下ろすランカシャー。ランカシャーは、広場を埋め尽くす群衆を平然と見つめながらも、心の中では動揺していた。
なぜ、民は反乱を起こしたのだ? もしまた民が反乱を起こすのなら、今のうちに危険分子を取り除いておくべきなのか? それとも······
「陛下、そろそろ演説のお時間です」
ミリアスが皇帝の耳元で演説の開始を促した。ランカシャーは頷くと演説を始めた。
皇帝即位の式典におけるランカシャーの演説は大歓声を伴いながら終了した。亡国の王たちに対しても恩赦を与えて解放した。
皇帝即位の式典が終わったその日の夜、ランカシャーは愛妃を呼ぶことなく、ひとり寝室にこもった。当然、いつもと違うランカシャーの様子に愛妃ばかりでなく、ミリアスら側近たちも心配の色を隠さなかった。
俺は、皇帝に即位してから何度も殺されている。しかし、その度に悔い改めて運命を変えてきたのに、まだまだ何かが間違っているというのか?
ランカシャーは寝台に座って頭を抱えながらうつむいた。そのとき、ランカシャーはクスッと笑ってしまった。
大陸統一戦争の頃は、いつも戦いに明け暮れ悩むことなど一度たりともなかった。しかし、皇帝即位してからこんなに悩むようになるとはな。
翌朝、ランカシャーは朝食を終えるとすぐに宰相ミリアスを謁見の間へ呼んだ。ミリアスは、昨夜の皇帝の異変を気にしていたため、すぐに皇帝のもとへ駆けつけた。
「陛下、どうされましたか?」
ミリアスは、玉座に座るランカシャーの前でひざまつくなり皇帝の顔色を伺った。
「ミリアス。余を書庫へ連れて行け。大陸の歴史を教えてほしいのだ」
「歴史ですか? しかし、陛下は昔から歴史など全く興味がなかったのでは······」
「確かに、歴史など全く興味がなかった。だがな、帝国を統治するにあたって歴史を学ぶ必要を感じたのだ」
「陛下、それはご明察でございます!」
ミリアスは非常に驚くと同時に、喜んだ。今まで戦争ばかりに明け暮れ、粗野で貪欲だった主が「歴史を教えてほしい」と誰もが予想だにしない言葉を発したのだ。
歴史にも精通しているミリアスは、さっそく皇帝と共に書庫へ向かい、講義を始めた。
ランカシャーは、歴史の講義を熱心に耳を傾けた。ランカシャーにとって初めての歴史講義は、深夜まで続いた。
翌日も、その翌日も、ランカシャーは書庫にこもった。
そのような歴史漬けの日々が3年続いたある日のこと、ランカシャーは死んだ。
歴史書を読みながら階段を下りているときに足を滑らせて転落死したのだ。
皇帝が書庫へ通うようになってから軍の練兵はないがしろにされ、その結果、帝国軍は弱体化した。
皇帝の死を好機とみた亡国の王や諸侯らは一斉に帝国へ反旗を翻して独立。軍が弱体化した帝国は諸侯の連合軍によって滅ぼされた。
こうして、大陸は再び群雄割拠の戦乱の時代へと逆戻りしたのだった。




