第13話 鬼面の皇帝
ランカシャーの意識は、皇帝即位の式典日に戻ってきた。帝都の宮殿テラスからは、眼下の広場を埋め尽くす群衆が見える。しかし、ランカシャーは微動だにしない。皇帝の呆然とした様子を見たミリアスがランカシャーに近づいた。
「陛下、どうなされました? 皆、陛下の即位演説をお待ちしております」
「ミリアス。余は、どうすれば良いのだ」
ランカシャーは視線を眼下に向けたまま、つぶやくように口を開いた。
「私が書き上げた原稿とおりに演説していただければよろしいかと」
「原稿には、亡国の王たちを群衆の見せしめにする、とあったな」
「はい。いつか処刑するとしても、それは今日ではありません」
「余は、納得できぬ」
「と、言いますと?」
「余は、覇道を邪魔したばかりでなく余の配下たる将兵らの命を奪った亡国の王たちが憎いのだ」
「お気持ちは分かります。しかし、今日の処刑だけは、決してなりません!」
「今日、奴らを処刑したい。奴らの首を群衆たちにさらすことで余の憎しみは消えるだろう」
「陛下、なにとぞ、今日だけはおやめください。皇帝即位の今日は陛下にとって、帝国にとってもめでたき日。そのような日に血が流されれば、帝国の汚点となりかねません!」
ランカシャーは眼下を睨みつけながら拳を強く握りしめた。ミリアスは、言葉を続けた。
「陛下、もう少しの辛抱です。帝国のために、陛下の名声のためにも、なにとぞ、今日だけは処刑をおやめください!」
「余の名声······」
ランカシャーは眉間に皺を寄せながら目を閉じた。
「分かった。今日は処刑をしない」
ランカシャーの口調は重々しかった。
そのときだった。
「どうした、ランカシャー! 人前でビビって声も出せぬのか!」
広場中央に配置されている亡国の王のひとりが、宮殿テラスで立つランカシャーに向かって叫び、嘲笑った。次の瞬間、ランカシャーの表情が豹変した。それはまるで鬼面のようだった。
「おのれ! 亡国の王ども! 衛兵よ、今すぐ亡国の王たちの四肢を斬り落としたうえで首をはねよ!」
激怒した皇帝による命令は、ミリアスでも止められなかった。
まもなく、亡国の王たちは残酷に処刑された。
「このままでは余の怒りが収まらぬ! 軍に命じる。今すぐ亡国の王一族、その使用人、一度でも奴らと通じた者、亡国の王一族が統治した領民も皆殺しにして、奴らに同情する者たちをこの世から抹殺するのだ!」
怒り狂った皇帝による残酷な命令に、諸侯や民だけでなく配下の誰もが恐怖した。
皇帝即位から3ヶ月後、ランカシャーは死んだ。
ランカシャーは、亡国の王一族関係者やその領民を虐殺したことで報復を恐れるあまり、頭がおかしくなったのだ。
「毎晩、無数の男女が呪いの言葉を吐きながら余を追いかけてくる!」
ランカシャーは意味不明な言葉を喚きちらし、最後には宮殿テラスから身を投げたのだった。




