第6話 来ていた男②
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
最近、ちょっと面白い。
♡ ♡ ♡
休日、物産展が開催されているデパートに来ていたさち子さんは、偶然にも福祉課の鷲見君に会った。
さち子さんが惜しくも買えなかった海鮮丼を既に手に入れていた彼は、親切にもそれを分けてくれると言う。
そんな厚意に、五つも年上の私が甘えてもいいのだろうか。
さち子さんは誘われたイートインコーナーで、まだそんな葛藤をしていた。
「じゃあ、開けますね」
さち子さんの心の葛藤をもっさり淡々が売りの鷲見君は、あっさり無視で海鮮丼をビニール袋から取り出す。
そして今、鷲見君の手によってその宝石箱が開けられようとしていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
状況を受け入れるしかなくなったさち子さんは、覚悟を決めて海鮮丼ラブにシフトチェンジした。
もう、この宝石箱を目の前にしたら些細なプライドは砕け散る。
興奮を押さえきれないさち子さんは、携帯電話を取り出して鷲見君にストップをかけた。
「動画、取っていい?」
鼻息荒く聞いてしまう。
そんなさち子さんの剣幕に、鷲見君は少し首を傾げて反応した。
「写真では、なく?」
「蓋を開ける瞬間を、残しておきたいの!」
「わかりました……では」
パッカーン☆
鷲見君のほっそりした素敵な手によってその蓋が開けられた。
目の前には、鮮やかな山吹色、紅白の褥、煌めく朱珠がひしめきあって、さち子さんを歓迎している。
「……」
うおおぉ、と叫びたい衝動を抑えて、さち子さんは携帯電話を数秒間海鮮丼に向けていた。
鷲見君は、呼吸を止めて見守ってくれている。音声が動画に入らないように。
なんてできた子だ。さち子さんはさらに感動した。
「撮れた……ありがとう」
録画ボタンを切って、さち子さんは目の前の鷲見君に御礼を言う。
「いえ、とんでもないです」
鷲見君はやはりもっさり淡々で、少し首を下げた。
「今の動画、鷲見君の手が映ってるんだけど、SNSに上げてもいい?」
「別にいいですよ」
「嬉しい! ありがとう!」
さち子さんはすっかりはしゃいでしまっていた。
後輩にこんな姿を晒してしまうとは、と数時間後に大後悔するとしても。
海鮮丼を美しい状態でSNSに載せられるならいいじゃない。
「花寄先輩のアカウント、教えてください」
「いいよ、たいしたもの上げてな……」
「お願いします」
「……いけど」
鷲見君は食いぎみで携帯電話を出す。もっさり淡々ではなかった。その瞬間だけはピッカリ爛々だ。
鷲見君は熱心にさち子さんの画面を見ながら、検索を始める。
「ありました。さぁちゃん、ですね」
「ひええ、ぶりっ子しててごめんね」
「フォローしました」
電光石火の早技。すぐに通知が来る。
ピッカリ爛々の鷲見君の頬がほんのり紅くなっていた。
『レンティさんからフォローされました』
おお、ぶりっ子はお互い様か。さぁちゃんバレは恥ずかしかったけれど、これならイーブン。
さち子さんはよくわからない理屈を振りかざして自分を納得させた。
「アイコン、先輩の好きな紅茶缶ですね」
うん? なんで知ってるんだ?
私、言ったっけ?
つづく
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