第55話 彼ピと私のクリスマス⑤〜初めての夜
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
今日は嬉し恥ずかし、クリスマスイブ in 真夜中……
♡ ♡ ♡
さち子さんの最強に天使な彼氏の鷲見君は、さち子さんに食品サンプルのイクラ軍艦をプレゼント。それをさち子さんは大層気に入り、いつまでも手の中を見て笑っている。
そんな幸せな空気が流れていく中で、鷲見君は少しもじもじしながら言った。
「毎年、誕生日とクリスマスに、寿司サンプルをひとつずつ贈ります」
今日イチ良い顔をしている彼ピと、そんな嬉しい申し出に、さち子さんの胸はハッピーに輝く。
「ほんとに? 嬉しい! じゃあ、私はでっかい寿司桶買っておくよ!」
さち子さんは寿司盛りだくさんの桶を妄想した。
そこに敷き詰められる、綺麗で可愛い寿司サンプル達。鷲見君からの贈り物。
毎年二個ずつ、桶が一杯になる頃にはもっと沢山の思い出が増えているだろう。
うん? それって……
つまりさ……
「あ、はい。是非、お願いします……」
鷲見君は赤くなって嬉しそうに笑っていた。
「りょ、了解であります……」
さち子さんも自分の発言を振り返って赤くなる。
つまりは、末永く……って、いうことよね?
「さち子さん、ありがとうございます」
「うん?」
頬が熱いままのさち子さん。鷲見君もまた紅い頬のまま、はにかんでいる。
彼は、今までで一番甘やかな笑顔で切り出した。
「鴨川先輩の方に行かないでくれて、ありがとうございました」
「え? いや、それは、ねえ? そりゃ、ねえ?」
改めてその事を言われるとは思わなかった。
さち子さんは少々面食らう。だって鷲見君は……
「僕は、正直、ちょっと厳しいと思ってました」
「ええ? あんなに自信満々だったのに?」
さち子さんは鴨川の件に対して、鷲見君が終始毅然な態度だったので安心していた。
だが、鷲見君は少し罰が悪そうに言う。
「自信満々だなんて、そんな。あの人はずっとさち子さんと一緒にいたでしょう? 敵わないかもって思いましたよ」
「そうだったの?」
「僕は所詮さち子さんのアレでしたから。それよりは明るい場所にいるあの人の方が……と一瞬だけ思ったりもしたんです」
その言葉にさち子さんは少し淋しくなる。
鷲見君はすぐに顔を上げて続けた。
「それでも。こんな僕だけど、さち子さんが受け入れてくれたから。絶対にさち子さんを渡したくなくて、虚勢をはりました」
「虚勢?」
「はい。さち子さんは僕の方が好きであるという自己暗示をかけて、鴨川先輩にあんな感じで立ち向かったんです」
そんな事までしていたなんて。鷲見君をそんな風に不安にさせていたなんて。
さち子さんは鴨川への対処にいっぱいいっぱいで、肝心の鷲見君を思いやれなかったことを後悔した。
そっか。そうだったんだ。
それなら……
「鷲見君、それ、虚勢じゃないよ」
「はい?」
キョトンとしている鷲見君を、さち子さんは真っ直ぐ見つめた。
そういえば、私、言ってなかったね。
「鷲見君の自信は、本当のことだもん」
ずっと、私を見ててくれてありがとう。
勇気を出して、会いに来てくれてありがとう。
もっと想像するべきだった。
二十年も遠くから見ているだけで、何も出来なかった彼がやっと行動した事を。
それには、きっと大変な覚悟と勇気が必要だった事を。
同じ職場に通って、顔見知りになって、アプローチして。
結果として上手くいったから、さち子さんは鷲見君の二十年越しの勇気に気づけなかった。
告白された日を思い出す。彼は、ほぼ失敗すると見做してあんなに悲壮な覚悟もしていた。
それを思ったら、自分はなんて怠惰。彼の愛情の上でふんぞり返って、甘えていた。
さち子さんはそんな自分と、今、ここで決別する。
「私は、鷲見君が、誰よりも大好きだよ」
ちゃんと言わないと、ダメだよね。
ああいう事はもうないと思うけど、その度に彼が不安にならないように。
伝えていかないと、ダメだよね。
私の愛は、ちゃんと伝わっただろうか?
彼の心に届いただろうか。さち子さんは目の前の恋人の様子をドキドキしながら窺った。
さち子さんの愛しい彼、鷲見恋人君は瞳をパッチリ開けてしばし固まっていた。
しかしすぐに、さち子さんを愛おしむ眼差しで見つめる。
「さち子さん」
「はいっ」
彼の熱を帯びた視線が、私を射抜いていた。
「あなたに、触れても……いいでしょうか」
「はい……」
彼の大きな手が、私の指先に伸びる。
温かい。
彼の心が温かい。
彼の全てが、温かい。
それから私達は、とっても熱い夜を過ごした……
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