第54話 彼ピと私のクリスマス④〜約束の食品サンプル
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
今日は嬉し恥ずかし、クリスマスイブ in プレゼント交換中♡
♡ ♡ ♡
先にさち子さんからネクタイとネクタイピンをもらった鷲見君は、それを丁寧に箱にしまってから自分が用意したプレゼントをさち子さんに手渡した。
「ええっと、こちら、僕の上納品です」
「言い方!」
プレゼントを受け取るか、ツッコミか、どっちかにさせてくれ!
……などと思いながらも両方やってしまうさち子さんである。
彼から綺麗な小箱を受け取ったさち子さんは早速リボンを解いた。
「わあ、可愛いイヤリング!」
そこにはシルバーの天使の羽をあしらったイヤリングが入っていた。
「つ、つけてみてもいい?」
「もちろんです」
ワクワクが止まらないさち子さんは、今ついている赤い石のイヤリングを外して、キラリと光る天使の羽をつけた。
「どうかな?」
「……可愛い過ぎて、魂が抜けます」
死ぬな、生きろ! 何回やらせるんだ!
へへ……へへへ……♡
ツッコミの語調は乱暴だが、さち子さんの胸の内はとろけまくっている。
「しかしですね、さち子さん。残念ながらそれは前座です」
「へ?」
「本命はこちらです。お納めください」
そう言って、鷲見君は茶色い紙袋を差し出した。文房具でも入っていそうな風情である。
さち子さんはそれを受け取って、中を覗く。
「こ、これは……!」
さち子さんは驚愕した。
すげえ欲しかったやつ!
食品サンプル、イクラ軍艦!
しかも、マグネットなんてついてない、ガチのやつ!
「やだぁあ! 可愛いぃい!」
今日イチの萌えが出てしまった。
なんて素晴らしい。日本の技術の粋がこの小さい寿司に集約されている!
さち子さんはすっかり有頂天。
しかし、何故さち子さんが食品サンプルに憧れているのを鷲見君は知っているのか?
それでは、答え合わせのお時間です。
「私、鷲見君に寿司サンプル欲しいみたいな事言ったっけ?」
手の中のオレンジ色の宝石をしげしげと見つめながらさち子さんは聞く。
嬉しさのあまり、アレ的行動かと勘繰るのも忘れて素朴に尋ねてしまった。
「いえ、僕に直接おっしゃってはいないですが、例によって伝票を出す時に小耳に挟みまして」
「んんー?」
さち子さんはここ最近の、同僚とした話題を思い出す。
そうだ、確か先月。畑野がカプセルトイにハマっているという話だった。
〜回想〜
「やだあ、何それ! クリームソーダ? 可愛いぃい♡」
さち子さんは畑野が珍しくニヤニヤしながら小物を触っているのを目撃した。
畑野は小さいクリームソーダのフィギュア、全五色を並べてご満悦である。
「やっと全種類揃いました!」
小さいおもちゃとそれを扱う畑野込みで萌え萌えのさち子さんは、一人で盛り上がっていた。
「いいねいいね、私も合羽橋は憧れなんだよねえ」
「……カッパ、橋、ですか?」
「私だったらやっぱり寿司サンプル揃えたいなあ。あ、マグネット付きの土産物じゃなくて、ガチのやつね!」
「は、はあ……」
畑野のハマる『食玩』と、さち子さんの憧れる『食品サンプル』は似て非なるもの。
しかしそれに気づかないさち子さんは、畑野に延々と食品サンプルの話をしていた。
〜回想終わり〜
「あれを聞いていたのかい!」
「あ、はい、それです」
もっさり淡々答える彼氏にさち子さんは仰天していた。
あの話は時系列で言えば、鷲見君とは交際している時のはずだ。
「なんで会話に入ってくんないの?」
「えっ、いいんですか?」
鷲見君は少し身を引いて驚いていた。
偶然物産展で会ったのも、鷲見君がさち子さん達の会話を通りすがりに聞いたから。
寿司サンプルの話も同じ類ではある。しかし、物産展の時とは関係性がまるで違うではないか。
「当たり前じゃん! 逆に黙って去られたら淋しいじゃーん!」
「あ、つい、以前の癖で……」
「もぉー! 会計課に入ったらまずは私のトコに来てよねっ」
用事があっても無くても。
鷲見君は私を見たら声をかけて欲しい。
遠目で眺めて去るだなんて、そんな事はもうしなくていいんだよ。ううん、して欲しくない。
「……わかりました」
嬉しそうに笑う鷲見君。
さち子さんは眩しいスマイル光線を受けて、少しクラクラした。
「あ、でも……これって、公私混同かな?」
照れ隠しにそう言うと、鷲見君はまたふわりと笑って首を振る。
「いいえ、さち子さん」
そこには、聖夜に訪れる天使顔負けの笑顔があった。
「さち子さんの言葉は、市長決裁よりも上です」
「……だよね」
さち子さんの胸にポッと灯った光は、天使の鷲見君が点けた。
その灯りを頼りにさち子さんは心の起案文を書き上げる。
『こんな私で本当によろしいか』
彼氏がおろす決裁の指先には、イクラ軍艦が輝いていた。
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