第52話 彼ピと私のクリスマス②〜キミの方が素敵だよ
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
今日は嬉し恥ずかし、クリスマスイブ in オシャレホテル!
♡ ♡ ♡
日も暮れて、本日のメインイベント。ディナータイム。
夜景になれば都会のビル街も、星の街に早変わり。
キラキラ光る絶景を大パノラマで見ながら、さち子さんと鷲見君は向かい合って座っている。
「あ、あの、さち子さん……」
「はひ?」
「そのシックな紅いドレス、とても素晴らしいです……」
「あああ、ありがとう……」
さち子さんが着ているのはドレスなんて上等なものではない。かろうじて綺麗めのワンピースだ。
ドレスと呼べるものも一応持っているが、結婚式のお呼ばれ感満載のやつしかない。さすがにそれは浮く。
大カップルイベントを前にして、さち子さんは一念発起。事前にデパートへ出かけた。
普段なら素通りするオシャレブランドの区画をひとつずつ丁寧に物色。何キロ歩いたかは知りたくもない。
何故一堂に会してくれないんだろう。おかげで何人の店員に同じ事を言ったかわからない。
これはデパートの構造そのものを問い糺すいい機会かもしれない。後で投書してみよう。
……そんなどうでもいい思考はすぐに無くなった。さち子さんのオシャレ偏差値は落第レベル。
数々のオシャレブランドの前に、成す術もなく、ついでに予算もあえなく敗北。
序盤で見た、「手頃過ぎるな」と一旦弾いたワンピースこそが運命の一品であったのはオシャレ落伍者にはあるあるの事。
もうこれでいい。いや、これがいい! と判断力が地に落ちた頭で、さち子さんは新しい衣装を入手した。
「すいません、ほんとは部屋で見た時に思ったんですが、この後の段取りで頭が一杯で……」
「いいよいいよ、そんなのいいんだよ!」
さち子さんは確かにオシャレ落伍者。しかし、彼ピだってオシャレ上級者ではない。
「本当に……美しいです」
大切なものを愛おしむ目で見てくれる鷲見君の視線。
このワンピースの良さは、値段でもデザインでもない。
さち子さんに似合うと鷲見君が思ってくれた。その一点である。
やっぱりこれにして良かった。
さち子さんは今日の自分の装いに、初めて満足していた。
褒められちった……うへへ。
私達はカップル初心者。手探りでもゆっくりやればいい。
「鷲見君も、パリッとスーツ着てるの、あんまり見たことないから、す、素敵だよ」
「は、はひっ」
「あ、あと、髪の毛セットしてるのも、カッコイイよ……」
「……」
さち子さんも遅まきながら鷲見君を褒める。
言うのが遅れてしまった。待ち合わせの一件でゴタゴタしていたからだ。
鷲見君の装いもまた綺麗めスーツ。いつもモノトーンでもさもさ淡々している彼からすれば、今日はだいぶドレッシー。
特筆すべきはヘアスタイル。長い前髪がもさもさ揺れるのが彼のチャームポイントではあるが、今日はそれをちょっと開いてセット済み。美容院に行ったのだろう、もっさりからこんなイケメンが顔を出す瞬間を見た美容師が、さち子さんは少し羨ましい。
「鷲見君?」
それにしてもお互い褒め合うなんて照れる。さち子さんが照れている間、沈黙があった。
ふと顔を上げると、鷲見君がフリーズしている。
「鷲見君、だいじょぶ?」
「──はっ、すいません! 推しに見た目を褒められた至上の歓びでフリーズしました」
「ふっ……!」
思わず吹き出してしまった。そうそう、私の彼氏はここが面白いの。
ようやく出た「鷲見君節」のおかげで、リラックスできたみたい。
「あの、さち子さん。食事ではグラスワインでよろしいですか?」
「え? うん、いいよ」
さち子さんはお酒に強くない。酔ってしまったら料理の味がわからなくなる。
それは何が何でも避けなければならない事態である。
そんな事すらも見透かしていた、さち子さんのアンテナ彼ピから素敵な提案が。
「後で、クリスマス限定ワインをルームサービスしてもらいます」
「ええっ! そ、そんな贅沢……よろしいの?」
さち子さんは思わず驚いてしまった。
ホテルでルームサービスだなんて、セレブのする所業ですやん。
「もちろんです。お部屋でゆっくりお酒も楽しみましょう」
ぐっと拳を握って笑う彼ピは頼もしい。
「うん、限定ワインなんて楽しみ」
さち子さんの心をくすぐるワードを熟知している彼ピは尊い。
それからついにクリスマスディナーが運ばれてきた。
ザ・クリスマスカラーで彩った前菜、ほうれん草のポタージュ。
さち子さんは案の定、甘鯛のポワレには腰が抜けそうになって、フォアグラ・ロッシーニが出る頃には美味過ぎて失神しそうになった。
デザートのケーキとアイスクリームで正気を取り戻し、食後のコーヒーでフィニッシュ。
まだ夜が続く?
さらに甘くなっちゃう?
ハンパねえな、クリスマス。
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