第51話 彼ピと私のクリスマス①〜笑顔のプロローグ
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
今日は嬉し恥ずかし、クリスマスイブ。
♡ ♡ ♡
オシャレタウンのシティホテルのロビーは、はっきり言って浮かれていた。
どデカいツリーと、色彩を抑えてはいるけれど電飾がチカチカピカピカしている。
詩的な表現をするならば、金と銀で散りばめられた光の海。
その海の中で溺れそうになっている小市民カップル、花寄さち子さんと鷲見恋人君。
「さ、さ、さち子さん。チェックインしましょう」
「が、が、合点だい」
どちらかと言えば田舎の、市役所職員カップルに、こんな舞台は煌びやかすぎる。
二人は緊張でガッチガチになりながらも、どうにかこうにか受付を済ませて一旦部屋に入った。
彼氏とホテルの部屋に入ってしまった。
ヤバい!
そう自覚するだけでさち子さんはますます緊張が高まっていく。
「ま〜、素敵なお部……」
緊張を誤魔化そうと無理して余裕ぶったさち子さんを、ホテルは嘲笑うように迎えた。
視界に飛び込んできたのは、クイーンサイズのベッドがひとつ!
さち子さんは思わずヒュッと息を呑む。
ツインじゃなくて、ダブルなん!?
もう、アレじゃん! ラブラブ大歓迎じゃん!
「あ、あのですね! クリスマスプランだと、全部ダブルなんです! 僕が指定した訳ではなく……!」
鷲見君もしどろもどろになって、聞かれてもいないことを答える。
さち子さんがベッドの前で固まったからだ。
ええい、ウブなネンネじゃあるまいし!
正直に申せばその通りだけど、三十にもになって狼狽えてどうする、さち子!
「い、い、いいじゃな〜い! す、素敵じゃな〜い!」
さち子さんは精一杯の微笑みで返した。だが、引き攣っている。
それは本人も顔の感覚でわかるほどに、大引き攣りだ。
まずい、これでは嫌がってるみたいじゃないか!
誤解しないで、ダーリン! 戸惑いがすごいだけなんだよぉ!
「そ、そうですね、はは、あはは……」
「そ、そ、そうだよ、へへへ……」
当然ながら鷲見君にも、さち子さんの心情を誤解できるような余裕はない。
二人してどもりながら、引き攣った笑みを浮かべていた。
「とりあえず、コートなどをクローゼットにしまいませんか?」
「そうだね、そうしよう」
二人はギクシャクしながら、脱いだコートをクローゼットにしまい、備え付けのコーヒーを淹れることにした。
ドリップ式の簡単なものだけど、コーヒーの香りが部屋に充満する頃、ようやく落ち着いた気がした。
オシャレタウンはビルばかりなので、窓の外は特筆するものではないが、それでも椅子に座って窓の外を眺めているとリラックスしてくる。
あったかいコーヒーが染み渡る。体だけでなく、心にも。
「あの、さち子さん。お互いバレバレなので、ぶっちゃけるんですが」
「うん?」
「クリスマスプレゼントなんですけど」
「ぎくっ!」
さち子さんは大袈裟に肩を震わせてしまった。
それは、駅で待ち合わせた時から気づかない振りをしていた、お互いの手提げ紙袋。
お察しの通り、もちろんクリスマスプレゼントである。
二人はそれを、相手に分からないように(というテイで)、ひっそりクローゼットの対極に置いていた。
「どうします? レストランで交換しますか?」
「ああ……」
さち子さんは想像してみる。
レストランのそれはそれは美味しいディナーを目の前に、いつそんな行為に及んだらいいのか?
温かい料理が冷めるのも構わずに、テーブルの上に箱やら包み紙やらを広げて?
「せっかくの料理ですから、集中したいと思いませんか?」
「確かに」
さち子さんは迷わず鷲見君の意見に賛成した。
食事だけのデートならそれも仕方ないだろう。しかし、二人の夜は長いのだ。
「それに、いただいたプレゼントを愛でる時間も、丁寧に取りたいんです」
「……確かに!」
さち子さんは目からスパンコールのウロコ。
私の彼氏はなんて思慮深い。
そしてそれを気取らずに私にちゃんと相談してくれる。
ムードがなくなって、残念? サプライズ感がない?
そんな若い感覚は、こちとら、とうに無い。
それよりも、美味しい食事をちゃんと覚えていたい。
もらったプレゼントを噛み締めて思い出にしたい。
──二人の時間を、丁寧に紡いでいきたい。
「プレゼント交換は、ご飯食べてから、この部屋でゆっくりやろう!」
さち子さんがそう言うと、鷲見君はふわっと笑って頷いた。
「さすが、さち子さんです」
こんな極上笑顔が、まだプロローグでしかないなんて。
ヤベエな、クリスマス。
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