第49話 強気な彼ピ
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
冬の最大カップルイベントが、もう間もなく。
私達は無事にそれを迎えられるだろうか?
♡ ♡ ♡
ダーッハッハッハ!!
昼休み。おじさんの爆笑が一階奥にある会計課に響き渡る。統括主査・涌井ーたまにJK化するー雄二郎四十歳の笑い声だ。
ここが陸の孤島で良かった、とさち子さんは今年何度思っただろうか。
「か、鴨川くん、おもしろいヤツだとは思ってたけど、ほ、ほんとに……ウヒィ!」
すごい爆笑するじゃん、涌井さん。これが当事者と他との差か。
私は全然笑えない。気のいい同期だと思ってたのに、あんな面倒くさいヤツだったなんて。
笑いが止まらず呼吸困難になりそうな先輩を、さち子さんは横目に見ながら溜息を吐いた。
「全然笑えないんですけど。キモいんですけど」
畑野は眉をひそめてドン引きしている。彼女の中の鴨川についての評価は地の底であるので、当然の反応だ。
それはそれで、そんなに嫌わなくても、とさち子さんは思う。
結局、昨日の鴨川のイタイ行動にさち子さんは苛々したけれど、友達を簡単に嫌いにはなれないのだ。
「それで? それで? 結局、どうしたのぉ?」
大盛り蕎麦を食べる手も止めて、涌井は興味津々。語尾がJK化している。
「……とにかく、二十四日はずっと駅前で待つ、と言ってました」
もっさり淡々と答えたのはさち子さんの彼氏の鷲見君である。
今日も彼はさち子さんの隣でコンビニおにぎりを食べている。当たり前のように会計課に入り浸っていた。
ちなみに、さち子さんには期間限定のナポリタンおにぎりを買ってくれた鷲見君。気がきく彼ピは尊い。
「待ち伏せを宣言したんですか? ちょっとキモ過ぎるんですけど。まさか花寄さんは行かないですよね?」
たじろぎながら言う畑野に、さち子さんは溜息まじりに頷いた。
「行く訳ないじゃん。私達は予定通りのクリスマスを過ごさせてもらうよ」
さち子さんがおにぎり片手にそう答えると、涌井も畑野も頬を染める。
「あらやだ♡」
ポッとなるJK涌井。蕎麦を啜りながら頬を染める様は、真っ赤なりんごのほっぺ。ただし、おじさんなのでそんなに可愛くはない。
「今年は二十四・二十五が奇跡の土日ですもんね。えっ、待って、ソウイウコト!?」
遅れてすごい妄想をする畑野。真っ赤になって食べかけのサンドイッチを机に落とす。こちらは見た目がか弱い少女風なのでとても可愛い。
「……」
そして畑野の妄想は大当たりなので、さち子さんと鷲見君は肯定する代わりに、赤くなって俯いた。
赤面する男女カップルを可愛いと思えるかは、見た人のリア充度合いによる。
「しかし、さち子さん。今気づいたんですが、僕らも二十四日は駅を通ります」
「あっ!!」
さち子さんはギクリと肩を震わせた。
鷲見君が予約してくれたオシャレホテルは当然都会にある。電車移動が必須なのは言うまでもない。
「だから駅前で待つのかあ、考えたなあ鴨川君。いや、彼のことだから偶然かな?」
……偶然だと思います、涌井さん。
さち子さんは涌井の言葉に目を細めたけれど、すぐに現実に切り替えて困り果てた。
「どうしよう……無視して二人で通り過ぎるの、気まずいよね……」
「そうでしょうか? 思い知らせてやればいいのでは?」
強気だな、私の彼ピは!
鷲見君から見たら敵かもしれないけど、私にとってはあんなヤツでも友達だよ。
傷つけたくない、って言うのは綺麗事かな……
さち子さんはこの期に及んで鴨川の気持ちを心配している。
昨日は苛々したし、傷ついたし、ムカツキもした。
しかし、好意は素直に嬉しかった。答えられないのは本当に申し訳ない。
つまりさち子さんの中では、鴨川はプラマイゼロの状態。それで手打ちにしてもらえないだろうか?
そんな事をさち子さんが悶々と考えておにぎりを食べる手を止めていると、見かねた畑野が立ち上がった。
「わっかりました、花寄さん! 私に任せてください!」
「どうするのさ、畑野さん?」
さち子さんが目を見張って聞くと、畑野はドンとスマートな胸を叩いて言った。
「大丈夫! 鴨川さんと鉢合わせることはありません! 二人は安心して素敵なホーリーナイトを過ごしてくださいっ」
畑野の鼻が膨らんでいる。
自分で言った「ホーリーなんちゃら」に過剰反応しているのだ。
彼女の妄想の中では、さち子さんと鷲見君はどんな事になっているのか?
自分で言うのもなんだけど、我々でそんなに興奮できるもんかね?
さち子さんは畑野の申し出に全面的にお世話になるしかなかった。
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