第48話 彼ピにそんな義理はない
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
冬の最大カップルイベントまで、もう少し。
……なのに、とんだ邪魔が。
♡ ♡ ♡
「おさち! クリスマスは俺と過ごしてくれぇ!」
鴨川は再度発言を繰り返す。スベリネタを天井したところで一切笑えない。
あまりのトンデモ発言だったため、さち子さんも彼氏の鷲見君も反応出来なかったのだ。
さち子さんが無反応だったのは、もちろん「呆れてモノも言えない」状態だから。
まさかそんな境遇が自分の身に降りかかるとは。嬉しくない初体験である。
鷲見君もさち子さんを背中に隠しつつ、目を丸くして棒立ちだった。
「……鴨川先輩、見た目通りすごい胆力ですね。彼氏持ちの女性に、彼氏同伴の場所で、よく言えましたね」
皮肉を言っているようにも聞こえるが、鷲見君はただただ心から驚いている。
「当たり前だろ! こんなの、本人だけにコソコソ言ったら卑怯じゃないか!」
「なるほど。一理あるような気もします」
よくわからないオトコの理屈を振りかざした鴨川。鼻息荒く言う様は滑稽でもある。
鷲見君は頷いているが、鴨川の矜持はほぼ響いていない。
さち子さんはまだ呆然とその場に突っ立っていた。
「つまりだな、これは挑戦状なんだよ、スミくん!!」
ビッシィ! と音が鳴ったような錯覚をするくらい、鴨川は劇的に鷲見君を指さした。
ははぁん、こいつ、酔ってるな。お酒ではなく、少年漫画の主人公にでもなった気分なのでは?
さち子さんは同期の行動が恥ずかしくなってきていた。
確かに「自分の人生では誰もが皆主人公」である。
だからと言って社会の中で主人公然と振る舞う鴨川の今の行動は、はっきり言ってイタイ。
畑野が見たら特大のブリザードが舞うことだろう。
そんな妄想でさち子さんが逃避したくなるほど、鴨川は更にヒーロー風な言動を繰り出した。
「キミと違って、俺たちには八年築いた絆があるからなあ!」
……それを言ったら、私のダーリンは二十年ですが。
もうホントのこと言ったろかな。
さち子さんは割と苛々が募っていた。
八年も短くはない。長年気の合う友達だと思っていた時間が裏切られた気がした。
鴨川がさち子さんに恋愛感情を持っていたことが嫌なのではない。
みっともなく、無駄な悪あがきを見せにやってくるその行動に、さち子さんは傷ついてもいた。
「はあ。でも、僕がその挑戦を受ける義理はないですよね」
「──えっ?」
鴨川のにわか熱血に流されるわけがない、現代っ子の鷲見君は落ち着いてもっさり淡々と答えた。
言われた鴨川は、予想外の答えに固まっている。
「二人同時にさち子さんに求愛して、返事がわからない状態ならそうですが、さち子さんはすでに僕を選んでいるので」
「そ、そそ、それは俺がおさちに告白してなかったからだろ!?」
どういう理屈だ、それは。
さち子さんの苛々は更に増していく。
しかし、目の前の彼ピはやはりもっさり淡々と鴨川に反論した。
鷲見君が一定の態度で冷静であるからこそ、さち子さんは何も言わずにそこにいることが出来ている。
「でも僕が交際を申し込んだ時、鴨川先輩のかの字もさち子さんからは出ませんでしたけど」
「だ、だからぁ!」
しどろもどろの鴨川に、鷲見君はハァと深く溜息を吐いて面倒くさそうに言う。
「つまり、もし、僕より先に貴方が告白していたら、結果は違ったと。そう言いたいんですか?」
「そーそーそー! そーゆーこと!」
鷲見君を指さす腕をさらに伸ばして、鴨川は頷いていた。
その様子に、鷲見君の溜息はますます深くなる。
「恋愛はタイミングですし、たらればの話をしても仕方ないと思いますが……」
鷲見君はさち子さんを背に隠したまま、振り返ってこんなことを聞いた。
「さち子さん。鴨川先輩の気持ちを知ってから、何か心境の変化はありましたか?」
「全然」
それは、もちろん、考えるまでもない。
さち子さんはスンと無表情で首を振る。
「お、おさち……? 急に俺を意識し始めたとか、俺の方が好きだって気づいたとか……?」
鴨川は信じられない事実を聞いた、という顔で体まで小刻みに震えていた。
彼には彼なりの勝算があったのだろう。でなければこんな所業に及ばない。
「全く」
しかし、さち子さんは心底の気持ちで引導を渡してやった。
鴨川君よ、去るがいい。
もうこんなお前を私は見たくない。
「……」
冷たい、冷たい木枯らしが吹く。
からっ風に吹き飛ばされて、鴨川は主人公から陥落していた。
震えが止まっているのは、彼がその自尊心ごと玉砕したからだ。
令和の振られ男はそうして呆然と、薄いコートをはためかせて立ち尽くしていた。
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