第47話 計画する彼ピ
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
冬の最大カップルイベントまで、もう少し。
♡ ♡ ♡
「さち子さん、ものは相談なんですが」
久しぶりに退勤時間が一緒になったので、連れ立って歩き始めたさち子さんと彼氏の鷲見君。
もっさり淡々が売りの鷲見君だったが、今日はちょっとキリッと真面目な雰囲気で言った。
ちなみに、役所には二人の関係がすっかり知れ渡っている。それでさち子さんはコソコソするのが馬鹿らしくなってしまった。
同期のバカヤローが大騒ぎしたせいだ。あの一件で三人まとめていい笑い者になっている。
「どうしたの、そんな真顔で」
「クリスマスは僕と過ごす流れでよろしいか」
わお! とんでもない起案が上がってきた!
今言われるとは思わなくて多少驚いたが、さち子さんも日が近づくにつれてソワソワはしていた。
だからもちろん心の印鑑に朱肉をつける。
「もも、もも、もちろん!」
声がうわずって、印鑑を持つ手が震える。脳内の妄想に過ぎないのに。
そんなさち子さんと同じように緊張して、鷲見君の声もうわずっていた。
「そそそ、それで、ですね。ホテ、ホテルの、ディナー&一泊プランを、よや、予約してみたんですが……」
起案内容に、さち子さんはびっくり仰天で、意識が遠のいた。
ホテ……?
一泊……?
高鳴る心臓は、一旦止まる。
私はどこに立ってるの? 宇宙かな?
「あの、さち子さんが嫌なら、キャンセルして……」
「ふぁあ! ダメだよ、鷲見君!」
「はひ?」
クリスマスまでもう一カ月きった。
そんなプランを予約したと言う事は、おそらくだいぶ前から動いていた案件だ。
そんでもって、お高いんでしょう? キャンセル料なんてものもかかるでしょう?
ええい、さち子! 腹をくくれぇ!
「キャンセルなんてとんでもない! どーんと受けてたとうじゃないの!!」
決裁ハンコ、ポーン!
「さすが、さち子さんです!」
鷲見君は少し感涙していた。それからほっと安心してふにゃっと笑う。可愛い。
一大決心して、震える手で旅行サイトをクリックし、さち子さんに打ち明けるまでの苦労を考えたら。
ここで受け止めないと、さち子がすたる!
「うふふふ」
ニヤけが止まらなくて、さち子さんは鷲見君の手を握った。
「……?」
訳も分からずつられて笑う彼ピの顔が愛らしい。
やだあ、すでにもう幸せなんですけどぉ♡
「おさちぃいああぁっ!」
さち子さんのラブラブ気分を台無しにする叫びが後ろから聞こえてきた。
同期のバカヤロー、鴨川コノヤロウだ。
「え? 何? つけてきたの? ウソでしょ?」
さち子さんは思わずドン引きする。まさかこいつがそんなタイプだったとは。結構ショックだ。
鷲見君は困っているさち子さんを背に隠し、鴨川に向き合った。
「……鴨川先輩、何か用ですか?」
うちのもっさり彼氏は凄むと結構怖い。さち子さんは内心ハラハラしていた。
いい大人なんだから喧嘩はしないと思うけれど、さち子さんを守ろうとする鷲見君の圧がすご過ぎる。
高学歴だがちゃらんぽらんでガサツな鴨川が、常に市民からの声に対応している鷲見君に口で勝てるはずがない。
身長差も歴然で、鷲見君にもっさり淡々見下ろされている鴨川に勝機があろうはずがない。
しかし、それに怯むことなく立っていられるのはまさにキャリアの差か。
鴨川はさち子さんの方を向き、とんでもないことを言った。
「今年のクリスマス、俺とデートしてくれぇ!」
「……」
直球アンド無謀な提案。
必死な形相で言ってのけた同期の桜。
さち子さんも、鷲見君も、呆れて一瞬動けなかった。
頭、沸いてんのか? お前。
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