第46話 気がきく彼ピ
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
冬の最大カップルイベントまで、もう少し。
♡ ♡ ♡
ついに師走に入った。
来年度予算やら、旅費精算やら、賞与やら。先月までは内部が忙しかった。
これからは外部への支払いがピーク。
なんでさあ、もっと前もってやってくんないかな?
さち子さんの今日の業務は今朝からずっと大量かつ複雑を極めている。
「あーあ、まったくもう」
やっと昼休み。さち子さんは出前に何を頼んだかも忘れるほど忙しかった午前中を振り返る。
記憶がない。忙し過ぎて何を処理したか忘れた。ついでにお昼の注文内容も。
ああ、そうだそうだ。麻婆丼だったわ。イライラした時は辛いものがいいね。
辛うじて食い気を思い出したさち子さんは、配達されていたお弁当の蓋を開けた。
「お疲れ様です」
もっさりひょっこり、彼氏の鷲見君がやって来た。
待ってたよ、私を是非癒してほしい。
さち子さんの救いを求める視線を受けて、鷲見君はすっかり定位置になった隣の椅子に座る。
「さち子さん、また忘れましたね」
「何が?」
麻婆丼を食べながら首を傾げるさち子さんに、鷲見君はビニール袋から白いブツを取り出して言った。
「今日は木曜日ですよ」
「あっ!」
衝撃の光景に、さち子さんはスプーンをうっかり落としそうになった。
木曜日は、あさみベーカリーのトラック販売が来る日。
言い換えれば、秋冬限定のホイップあんぱんver.ホワイト、通称白あップが買える曜日である!
「またやってしまったぁ! おのれ、まめや、木曜日に限って麻婆をかぶせやがってぇ!」
暴言を吐いてもまめやの麻婆丼は美味かった。それが余計に悔しい。
ちなみに、今日は日替わり弁当ではなくて通常メニューの麻婆丼をさち子さんは注文している。
つまり、まめやに責任はない。だが仕事に忙殺されたさち子さんは思考が混乱していた。
「並んでても全然さち子さんが来ないから、忘れたんだなと思って」
言いながらそっと白あップを渡してくれる。さち子さんの彼氏は神に違いない。
「す、鷲見君……! ありがとう……!」
白くて丸くて甘い天使をもらって、さち子さんはつい泣きそうになった。
そして今日の彼ピは五割増しでイケメンだ。だって神だから。
「花寄さん、麻婆丼食べたのに、まだそのこってりアンパン食べるんですか?」
「食べるよ! 止めてくれるな畑野チャン! 白あップのためなら太ったっていいんだい!」
後輩に見栄をきるさち子さんと、パンをもっさり食べ始める鷲見君を交互に見ながら涌井は笑った。
「付き合う前から知ってたよねえ、鷲見くん。すごいなあ」
ウッ! それはセンシティブな発言!
鷲見君の私に対する長年のあの行為が垣間見えてしまったか!?
さち子さんがハラハラしていると、畑野の口からこれについての真相が語られる。
「そんなの去年から知ってますよぉ」
ナヌ、畑野、どういうことだ?
「会計課の先輩はホイップあんぱんを買うのに命をかけてるって、去年私が同期会で言いふらしたんで」
な、なんだ……と?
驚きながら隣を見ると、鷲見君はピザパンをもさもさ食べながら静かに頷いていた。
畑野、リーク元はお前だったのか! ちょっと安心したぞ!
さち子さんは鷲見君のアレ的なものではなかったとわかって、胸を撫で下ろす。
「確かに、あさみベーカリーに買いに走る花寄さんて猟奇的だもんねえ」
涌井さんまで、そんな風に思っていたなんて……!
一体私はどんな形相で移動トラックまで向かっていたのだろう。
さち子さんはこれまでの自分の食に対する意識を変えるべきかと悩む。
すると、本日の神……もといさち子さんの彼ピは、もぐもぐもさもさしながら言うのだ。
「少なくとも、僕は木曜日にはあさみベーカリーに行くので問題ないです。さち子さんが来なければ白あップを買えばいいだけなので」
「な、なんですって……!?」
例に漏れず、会計課のJKコンビは神の言葉に慄いていた。
「いやあ、すごいね。愛だねえ……!」
涌井はウンウン頷いて、何故か悦に入っていた。
「彼氏自ら、太る素を彼女に届けなくても……?」
畑野はそもそも白あップに懐疑的。彼女から見てそれは『デブる食べ物』でしかない。
「でも、さち子さんは太る体質じゃないと思います」
「……えっ?」
とっくに麻婆丼をたいらげて、白あップに向き合うさち子さんをしげしげ眺めて鷲見君は言った。
「これだけ食べてもさち子さんの体型は変わりません。太りにくい体質なのでは?」
鷲見君がいうと説得力がある!
二十年のアレ行動でさち子さんを見ていた彼氏の言に、さち子さんはやや複雑である。
「確かに。隠れてダイエットなんてしない人だろうし……」
おおい、畑野ォ! 誰が好き勝手食ってのほほんと生きてるってぇ!?
しかし事実なのでさち子さんはぐうの音も出ない。
「あれだけ自由に飲み食いしても体型が変わらない。さすがさち子さんです」
鷲見君までそんな言い方して!
だが、さち子さんは神の言葉に逆らえるはずがなかった……
お読みいただきありがとうございます
感想などいただけたら嬉しいです!




