第45話 彼ピと彼ピの同期
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
冬の最大カップルイベントまで、もう少し。
♡ ♡ ♡
液体窒素に沈められた薔薇の花が、粉々に砕ける様はご存じだろうか。
畑野から辛辣な言葉を浴びせられた鴨川は、ちょうどそんな感じだった。
「どうせ役所の女なんて売れ残りでいつでもイケると思ってたんでしょ。だから役所の男はモテないんです。その考えを改めないと、売れ残るのは鴨川さんの方ですよ」
畑野女史の説教をくらったさち子さんの同期、鴨川ー遅きに失した男ー斗織は、精神を破壊されてトボトボと帰っていった。
取り乱していたことを差し引いても、鴨川のやったことは確かに無様だった。
たださち子さんも、畑野が怒ったことで少し冷静になれて、今になって「あいつ、そんな目で私を見てたのか」とやや複雑な気分である。
「いやあ、ちょっとお灸をすえ過ぎたんじゃない?」
凍りついてしまった場を和ませようとする、年長者の涌井の言葉が涙ぐましい。
「こんなの全然ですよ。高学歴と人当たりの良さにあぐらかいて、『俺モテる』みたいな態度、前から気に入らなかったんです」
畑野の毒舌は止まらない。
鴨川は畑野ご愛読の少女漫画のヒーロータイプではないので、その辺も起因している。
「さち子さん、これでわかりましたか?」
「へっ!?」
隣で黙っていたさち子さんの彼氏、鷲見君は神妙な顔をしていた。
「さち子さんは自己評価が低過ぎです。鴨川先輩だけじゃありません。さち子さんを狙っていた輩はあと四人。具体的には──」
「ままま、待って! 言わないで! 知りたくないっ!」
さち子さんは思わず耳を塞いだ。
そんなの知ったら、もうここで働けないよ!
鴨川君ともこれからどう接したらいいのか?
好意を受けているという情報は、嬉しい反面さち子さんの年齢では照れクサ過ぎるし、何より日頃の業務に支障が出る。
「鷲見くん、それ、私にメールで頂戴」
真剣な眼差しで言うなよ、畑野!
「いいよ」
承諾するな、ダーリン!
「えー、俺も知りたいなあ。でもなあ、気まずくなるから俺は聞かない方がいいかな?」
涌井は困りながら笑っている。彼ももちろんさち子さん側の思考である。
それに若い二人が真顔で答えた。
「そうですね、涌井さんは役所を知り過ぎています」
鷲見君に続いて、畑野は拳を握って目をキラッと輝かせた。
「これからは私が花寄さんを守る鉄壁になりますから」
ちょっと面白がってない? とさち子さんはますます複雑な気分だ。
「頼もしいよ、畑野さん」
「任せてよ、鷲見くん」
まだ役所に染まっていない若者の、同期の結束が固まってしまった。
「ひとつ、勘違いして欲しくないんだけど」
畑野は、少し厳しめの視線を鷲見君にも向けた。
「私の鉄壁対象は、鴨川さんと四人の輩だけじゃないから。鷲見くんも入ってるからね。半端なことしたら容赦しないから」
うわあ! カッコイイ、畑野サマ!
さち子さんと涌井は、なんだか感動してしまった。
これで会計課も安泰である。一番の若手の成長が眩しい。
「大丈夫。心配には及ばないよ」
受けてたった私の彼ピもカッコイイ!!
私の後輩二人がオトコマエ過ぎる件!
さち子さんはラノベ風にそんな事を考えた。
《特別おまけ さち子さんを狙うクセ強四天王》
① 秘書課 北原
バツイチのロマンスグレー。女癖が悪い。
市長決裁は畑野が行くようになった。
② 水道部 芦沢
鴨川のマブダチ。人のふり見て我がふりを考える慎重派。
会計課との連携係だったが、畑野によって彼女の同期女子に担当を変えられる。
③ 教育委員会 相田
甘え上手で人妻が性癖。旅費計算をいつもさち子さんに頼っていた。
畑野が教育課長に旅費計算ソフトの導入を進言してから、会計課に来る用事がなくなった。
④ 清掃センター 中井
神出鬼没のトリックスター。会計システムについてよくさち子さんに電話してくる。
畑野がこっそり自分の電話と取り換えて事なきを得ている。
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