第44話 同期と彼ピ②
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
付き合い始めた彼氏への好きがとまらない。
♡ ♡ ♡
さち子さんの彼氏、鷲見君の鮮やかな牽制攻撃より、案の定炙り出された者がいた。
それがさち子さんの同期、鴨川・ノーテンキノープラン・斗織である。
彼は、さち子さんのSNSを見て会計課に飛び込んできた。
修羅場、キター!! そんな目でさち子さんと鴨川を見る、畑野と涌井。
狼狽えている鴨川を憐れむような、期待するような、そんな目で見ていた。
いやいやいや。そんなんじゃないから。
なんか血相変えて来たけど、鴨川はそんなんじゃないから。
さち子さんは希望的観測で同期を見ていた。
だが、その同期から信じられないような言葉が紡がれたのである。
「おさちっ! おさちの口からちゃんと否定してくれ! スミくんとは何でもないって!」
え、なんで、決めつけてんの、こいつ。
ていうか、何その、私がいかにも浮気しました疑惑があるような言い方。
カチンときたさち子さんは、前後不覚に陥っている同期にハッキリ言ってやった。
「鷲見君とはお付き合いをしてるけど」
「でえええぇっ!?」
のけ反ってショックを受ける鴨川。
なんだ、こいつ。さち子さんはますます冷えた心を同期に向け始める。
「あの、僕もいますけど」
「スミくぅううん!?」
今気づいたのか、私のダーリンに。
なんだ、こいつ。
「そそそ、そんなバカな! オレは?」
「はあ?」
さち子さんには鴨川が慌てている意味がわからなかった。
目を白黒させて自分で自分を指差し、さち子さんに訴える同期。
マジ、なんだこいつ。である。
「鴨川先輩。さち子さんは僕の彼女なので、今後はおさちとか気安く呼ばないでください」
「ええっ!? なんでキミ、急にそんな男前になったの!?」
キリッと鷲見君に睨まれた鴨川は、ますます狼狽えていた。
今まで眼中になかった福祉課の若手が、急にイケメンになって目の前に立ちはだかった。
鴨川から見たらそんな感じであろう。
「鴨川くーん、遅かったねえ。どうせ暢気に構えてたんでしょ。ダメだよ、そんなことじゃあ」
涌井は全てを見通すような顔で言った。この場では誰より市役所経験がある統括主査は、周りの若者──本人も気づかなかったような恋愛感情を知っている。ただのアゴヒゲがだらしないオジサンではないのだ。
ちなみに、涌井が全てを見通すのは男の後輩限定ではある。
さち子さんにはまだ意味がわからない。完全に「親友」だと思っていた男友達の仰天行動に、いまださち子さんは面食らっていた。
「だって! 同期で独身で残ってるのはオレとおさちだけでしょ!?」
それが、なに?
「そしたら、自然とそのうち余り者同士結婚しようかって事になるでしょ!?」
アタマ沸いてんのか、オマエは。
なんて身勝手で暢気な人生設計だろう。
しかしながら、それが鴨川・アタマオハナバターケ・斗織の真骨頂かもしれない。
「失礼な。さち子さんが余るワケないじゃありませんか」
憤慨して口調が強気になる鷲見君は珍しい。想定内のライバルではあるが、鴨川は口が過ぎた。
「鴨川くんの敗因は、のんびりし過ぎたって所かなあ?」
涌井の顔はもう菩薩に近い。そして彼に負け判定をされたら覆すのは困難だ。何しろ涌井は男心の全てを見通している。
「……」
そんな男連中のやり取りに、畑野がいつの間にか物凄い目つきで鴨川を睨んでいた。
その視線にまるで気づかない鴨川は更に醜態をさらす。
「だって……だってさ、オレ達うまくやってたじゃん。いずれはって、そりゃあ思うじゃん?」
いつ、どこで、オマエと私がうまくやってたんだ。どの次元にいたの?
さち子さんが呆れて黙っていると、突然畑野が立ち上がった。
ガタン! と椅子を鳴らし、バーン! と机を叩く。
か弱い少女風の見た目からは想像もつかないような轟音と気迫を背負っていた。
「鴨川さん。つまり、鴨川さんにとって花寄さんはいつでもイケる存在として、キープしてたって事ですよね?」
「え……?」
鋭い眼光は、さながら阿修羅の如く。三面六臂の怒りが鴨川に向けられた。
あまりの気迫に鴨川も呆ける。何もわかっていない阿保面に、阿修羅はさらにキレた。
「勝手に花寄さんをキープした気になって、いざ、他の男のものになったらみっともなく騒ぎ立てるなんて」
「え、え……?」
「サイッテー」
その言葉は氷点下にいるような冷気を鴨川に浴びせる。
遥か高みの冷酷女神が、鴨川の頭の中のお花畑を悉く枯らしていった。
窓も開けていないのに、冷風が会計課に吹き荒ぶ。
さち子さんを含め、その場の誰もが恐怖のドン底に落ちたのだった……
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