第43話 同期と彼ピ①
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
付き合い始めた彼氏への好きがとまらない。
♡ ♡ ♡
「ンマー!!」
畑野の咆哮が会計課にこだました。いつものクールキャラはどこ行った?
何故そんなことが起こったかと言うと、さち子さんの彼氏の鷲見君が、「匂わせはわざと」とあっさりもっさり言ったからである。
わりとガチ目の少女漫画ファンの畑野からすれば、職場恋愛とは秘めたるもの、という見解のようだった。
それに反してさち子さんと鷲見君の浮かれた匂わせ投稿。
畑野にしてみれば注意案件であるが、当の本人から「あれはわざとやった」と言われたので意味がわからなくて咆哮したのである。
「すごいね、鷲見くん。やるねえ」
涌井は親指を立てて、目を輝かせる。
それについて鷲見君はもっさり淡々と頷いた。
「……ありがとうございます。わっくんさん」
わっくん、と言うのは涌井のアカウント名だ。
今朝、鷲見君の携帯電話にはもちろん通知がいっている。『わっくんさんからフォローされました』と。
「あっ。ごめんね? 勝手にフォローして」
ビビるなよ、統括。
さち子さんは涌井の姿に苦笑する。鷲見君にその気はないと思うが、長身もっさりのガタイで言われたので、涌井はありもしないプレッシャーを勝手に感じ取ってしまっていた。
「わざと、と言う、そのココロは?」
涌井のビビリ散らかしは置いておいて、畑野は怪訝な顔で鷲見君に聞く。
正当な理由なくば納得しない、というような顔だった。
「だから、あれは牽制。さち子さんはすでに僕のものである、という事を役所中の男性職員に知らしめておかないと」
おっ……? なんかサラッともっさり、すごい事言わなかった?
さち子さんは彼ピの言葉に面食らう。しかし、もっと面食らったのは野次馬JK同僚たち。
「すでに?」
「僕のもの?」
キャアアァ、と会計課の主査と主事は真っ赤になって悲鳴をあげた。
「えっ、ヤダ、ウソ、そういうこと!?」
畑野は両手で頬を押さえて恥じらっている。
おじさんからのセクハラには対応できても、同期からのそれには狼狽えてしまう乙女。
「へ、へへへ、部屋に行ったもんね!? そりゃあ、ただじゃ済まないよねっ!?」
涌井は鼻の穴を広げて、らしくないセクハラまるだし発言。
「ちがーう!!」
さち子さんはすでに僕のもの、その意味がやっとわかったさち子さんは大声で否定した。
いや、違わないけど、違う。そういう意味ではない。二人が妄想している深い意味はない。
会計課が離れ小島で本当に良かった。
そっち方面を妄想して否定するものだから、さち子さんの顔は見る見る間に赤く染まる。
恋愛ゴシップ好きな職員に見られたら、照れてるだけの肯定する仕草と誤解されそうだ。
「……事実はどうあれ、そう伝わればアレは成功です。二度とさち子さんをそういう目で見ないように、男性陣に思い知らせたかったんで」
かいかぶりが過ぎる!
私にそんな感情持ってるのなんて、キミくらいのもんだって!
さち子さんは彼氏からの過大評価に開いた口が塞がらない。
「何言ってるんですか、さち子さん。さち子さんを狙う輩は庁内に五人はいます」
心を読むな! アンテナで受信するな!
え? 五人……? マジ?
さち子さんは別の意味でますます口をあんぐり開ける。
「特に──」
普段無表情の鷲見君が、珍しく苦々しげに言いかける。
そこへ現れた、件の人物。
「おさちぃいいああぁ!」
息をきらせて、バターンと入口の衝立を乱暴に開いて。
さち子さんのスチャラカ同期・鴨川が会計課に入ってきた。
「スミくんと付き合ってるとか、ウソだよなぁああ!?」
……なんだ、こいつ。
つづく
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