第41話 彼ピのお部屋を初訪問②〜神展開、あった!
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
デート後に彼氏のお部屋、という王道展開を迎えている。
♡ ♡ ♡
いよいよ、ついに、本日のメインイベント。
連れて帰ってきたお弁当くん達を食す時がきた。
「お弁当食べよっ」
腕まくりでとったさち子さんの音頭に従って、「さすがさち子さんです」と深々と頷いた鷲見君は、お弁当達の入った紙袋を手に立ち上がる。
「じゃあ、温めます」
電子レンジに向かおうとした彼氏に、さち子さんはチッチッチと言いながら人差し指を振った。
「まずは並べて、記念撮影だよ!」
「なるほど、そうですね」
三十路でも、SNS保存は忘れない。美食なら尚更。それがさち子さんのポリシーだ。
さち子さんは紙袋からお弁当を出した。釜めし、マス寿司、イカめし、ステーキ弁当をちゃぶ台の上に並べる。
なんと壮観な景色。
しかし、本日のさち子的撮影プランにはもう一つ、欠かせないものがあった。
「鷲見君鷲見君、ちょっと手をここに置いて」
「でも写真に映っちゃいますよ」
「いいんだよぉ!」
さち子さんは彼ピの手が映り込んだ弁当写真を撮った。そのままSNSに投稿!
「むっふっふ。これが匂わせってヤツなんだよ!」
覚えたてのテクニックを、さち子さんはやってみたかったのだ。
するとさち子さんの携帯電話に電光石火の通知が届く。
『レンティさんがいいねしました』
お前かい! いつの間にスマホを出したんだい!
さち子さんが目の前の彼ピに注目すると、鷲見君はスマホ画面を見ながら口元がニヤニヤしている。
彼の喜びは当然。
さち子さんがSNS投稿する現場にいられたのだから。これが真のリアタイなのだから!
「相変わらず早いな、君は!!」
さち子さんがつっこんでいると、鷲見君もパシャリとちゃぶ台の上を撮る。すぐにスマホを操作。
「同じ時間、同じ場所で撮ったであろうものを、僕もSNSに載せました」
「ほほう……」
そう言って鷲見君はスマホの画面を見せてくる。
「さち子さん、匂わせにはこういう方法もあるんです」
「なんと! 上級者編!」
目からマスのウロコ! 若者文化をまたひとつ学んでしまった! 驚きとともに、いいねも忘れずに!
タイムラインに激似の写真が並ぶ。すごい光景やでえ……!
さち子さんもまた、自分の携帯画面を眺めて高揚感を覚えた。
そしてそのテンションのまま、彼ピが温めてくれた弁当達に向き合う。
いただきます!
♡ ♡ ♡
う……お腹がはちきれそう。
さち子さんはややぽっこりしたお腹を、鷲見君にバレないように摩る。
当たり前だ、二人で四人前の弁当を食べたのだから。改札内で買ったお菓子まではもう手が回らない。
「鷲見君、お菓子半分置いていっていい? ちゃんと三種類分けるから」
「いいえ、さち子さん。お家の方のお土産にしてください」
「! なんてこと……!」
さち子さんは言われて初めて気づく。
そんなもん、すっかり忘れていた。私の彼氏はなんて思慮深いんだろう。
「でも、でもさ、鷲見君にさち子セレクトのお菓子を食べて欲しいんだよ」
「! それはなんて魅惑の提案……!」
鷲見君は感動しながら震えていた。
ちょっと二人ともテンションがおかしい。満腹過ぎるからかもしれない。
「いいんだ、鷲見君。うちの家族はしょっちゅう名産品を食べている。だから、これは……置いていくよ?」
「わかりました。さち子さんの仰せのままに……」
芝居がかった言い回し、まさにさち子劇場。
このエンディングには是非とも有名なエンドロールBGMをつけて欲しい。
「あーん、しかし、お腹がいっぱい過ぎて帰るのめんどくさーい!」
「えっ」
「え?」
しまったぁあ! 気が抜けすぎて、とんでもないことを口走った気がする!
さち子さんは思わず真っ赤になって慌てる。
違うよ、「お泊まりしたい♡」宣言なんかじゃないよ!
そんなのは年下彼女が言うことでしょ? 私が言ったらただのパワハラだよね?
あああ、遠回しにパワハラで要求したみたいな言い方だった、今思えば!
さち子さんはすっかり気が動転してしまっていた。
「うあああ、違うよ!? 全然、他意はないよ!? 単純にかったるいだけだよ!?」
首を振るたびに、顔が熱くなる。
そんなさち子さんに、鷲見君の真面目な、それでいて大層イケている顔が近づいた。
……ちゅっ
ああ、なんと言うことでしょう。
初デートに、彼氏のお部屋を初訪問。
初の匂わせカップル投稿。
ラストにふさわしい、初キッス……♡
鷲見君の温かくて柔らかい唇が、さち子さんの唇を愛おしむように撫でた。
軽く喰んだ後、彼の唇が離れる。
そこには、さち子さんよりも真っ赤っかになった鷲見君の超イケ照れ顔があった。
「……も、もちろんです。今日はこれで帰った方がいいと思います」
「はいぃ……」
二人は揃って俯いて茹でダコのようになっていた。食べたのはイカなのに。
夕暮れ。さち子さんは彼氏の家を出て、自宅に向かう。
送ってもらうのは断った。
家に着くまでに、この浮ついた心をどうにかしないといけないから。
少し冷たい風がちょうどよく、胸に籠った熱を冷ましてくれていた。
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