第38話 彼ピと私の初デート③〜さち子電波塔?
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
今日は嬉し恥ずかし、初デート。
♡ ♡ ♡
あの日、偶然出会ってウニカニイクラ丼を分け合った運命の日。
その詳細が、現在は彼氏となった鷲見君からさち子さんに語られた。
その前の金曜日。鷲見君は、さち子さんが物産展に行くと同僚に話したのを聞いていたのだ。
さち子さんが喜ぶであろう雰囲気を感じたかっただけの鷲見君は、待ち伏せようとして出かけたのではない。
何故ならさち子さんは土日のどちらに行くかは同僚には言っていない。彼は五十パーセントの賭けに勝ったのだ。
……そういう事にしておこう。
だが、それはそうとして。さち子さんは更に欲しがってしまった。
怖いもの見たさもあったかもしれない。鷲見君がアレをゲットしていた真相が、さち子さんはどうしても気になってしまっていた。
「あの海鮮丼、なんで買ったの?」
知りたいけど、ちょっと怖い。
さち子さんはビクビクしながら聞いてみた。
「それなんですが……」
鷲見君は当時の記憶を辿ろうと、あごに手をあてながら答える。
「会場に入ったら、あのブースが光って見えまして」
ぴぇ?
「商品を覗いたら、さち子さんの顔が浮かびまして」
ぴょ!?
「買っといた方がいいような気がしました」
──超能力か!
予想の遥か斜め上をいく回答に、さち子さんは頭の中で激しくつっこんだ。
「えっと、鷲見君は私の好みを知ってた……とかではなく?」
ここは人混み。大袈裟な反応は迷惑になる。
さち子さんは興奮した気持ちをぐっと抑えて、恐る恐るそんな確認をした。
「全部知ってた」とか言われた方が納得できるんですけど。
怒らないから、正直に言ってごらん?
「さち子さんの好みは、二十年間妄想はしてましたが、事実に基づくものはほぼ知りません。知ってるのは、会計課に置いてある紅茶缶くらいで」
それはさち子さんがSNSでアイコンにしているものだ。確かにお気に入りなのであの缶だけは給湯室ではなく、会計課の棚に常備している。
鷲見君はそれを目ざとくチェックしていたのだ。そしてそれが唯一彼の知るさち子さんの好物である、と言うのが彼の真摯な瞳でわかった。
「つまり、チミは直感で五千円もする海鮮丼を買ったってことかい?」
いやいや、二十五歳の若者がそれで五千円を散財する意味がわからない。
さち子さんの再度の確認にも、鷲見君は真面目に答える。
「直感というか、さち子さんの顔が浮かんだ以上、それは神のお告げですから」
スピリチュアル系なのかな、鷲見君は?
だが、さち子さんの想像の斜め上をいく彼は、さらに面白いことを言った。
「その後さち子さんに会えて、海鮮丼が目的だったという事を考えますと、僕はさち子さんの思考を運良くキャッチしたのではないかと。背の高さには自信があるので、それが幸いしているのではないかと思います」
「え? それは……アンテナ的な、ってこと?」
彼氏の面白すぎる回答に、さち子さんはつい例えてしまった。
もうこんなの、つっこまずにはいられないではないか。すると鷲見君は霧が晴れたような顔で頷いた。
「ああ、それです。僕は常にさち子さんの事を考えているので、さち子さんの思考とチャンネルが一致したのでは。ラジオとかと同じ原理ですかね」
待ってもう、理論的なのか感覚的なのかわかんないんだけど。
でも「僕たちは赤い糸で結ばれる運命なんです」とか言わないあたりが、ものすごく鷲見君らしい。
さち子さんは目の前の、電波要素もあった彼ピへの興味が止まらない。
「! さち子さん、あそこのブースにさち子さん反応があります」
そして鷲見君は急にピクっと背伸びをしてから、ある方角を指差した。
いや、私、ここにいるけど? その反応はどこから受信したんだい?
もちろんさち子さんには、電波を飛ばした覚えはない。
だが、面白いので二人でその方向へと向かった。そこには……
『激レア! 快適な空の旅をあなたに〜牛ヒレステーキ&サーロインの宴』
「うわぁ! めっちゃ好みの弁当あった!」
さち子さんは考えるより先に、それに手を伸ばしていた。
「さすがさち子さんです」
鷲見君も隣で小さくガッツポーズ。
さち子放送のアンテナは鷲見君に立ってたのか!
つづく
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