第36話 彼ピと私の初デート①〜心が踊り弾け飛んじゃう
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
今日は嬉し恥ずかし、初デート。
♡ ♡ ♡
さち子さんがデートというものをしたのは、直近でも大学時代のグループ交際に遡る。
社会人になってからは一瞬で振られたが、あの婚活アプリで会ったのがそれにあたるのか? とさち子さんは改めて溜息を吐いた。
公務員になったのをいいことに、自分の欲望(食い気)のままに過ごしてきた年月を、今こそ後悔しよう。
申し訳なかった、私の青春よ。そんなんだから三十歳までこの体たらく。
つまりさち子さんにとっても、鷲見君はほぼ「初彼氏」であるが、そんな事は恥ずかしくて言えやしない。
ゆえに日曜日もほぼ「初デート」であると、さち子さんはようやく気づくのである。もう遅い、今、土曜日。
さあ、大変だ。何を着て行こう?
タンスをひっくり返してよそ行きの洋服を漁ってみたものの、デザインが全部若かった。大学生の頃に買ったものばかりなので当然だ。
そんな訳で(人生の)初デートにも関わらず、さち子さんは出勤時と何ら変わらない普通の格好で駅に向かった。
「おはようございます、さち子さん」
鷲見君はもう来ていて、その服装は薄手のコートにモノトーンのセーターとパンツというシンプルスタイル。
だが彼は素材がいいので、それでも充分にイケている。うらやましい、とさち子さんは彼ピの格好良さに萌えると言うよりも羨望の眼差しを送る。
「お、お待たせいたしましたであります!」
部長にだってそんな言葉は使ったことがない。これも緊張の成せるわざ。
そんなカチコチのさち子さんを、鷲見君は目ん玉飛び出るくらいにじっと見て、ボソリと言った。
「そのスカート、初めて見ます……」
それはそうであります! さち子さんは心の中で何故か兵隊になっている。
この辛うじて新しめのスカートは、去年バーゲンで買って昨日まで忘れていた代物であります!
「とても美しいです」
ズギャーン! 少佐、小生は不意に狙撃されたであります! ──少佐って誰?
ど真面目な顔でさち子さんを射抜いた、スナイパー・レンキューンは言うなり頬を真っ赤に染めていた。
「で、で、では、行きましょう」
「へ、へえ!」
お互いが緊張を隠せず、それでも手を繋いで改札に向かう。
鷲見君が手を差し出したので、さち子さんもつられて手を握ってしまったのだ。
待って、何コレ。我らは30と25なのだが。
ちょっと痛々し過ぎない? 大丈夫? コレ。
繋いだ後でさち子さんの思考にそんな不安が。
だが鷲見君も鷲見君で、辛うじて歩いているような緊張MAX状態。
結局電車の中、二人は何も喋らずに乗っていた。手だけ繋いで。
今日はさち子さんだけでなく、鷲見君の手汗もすごかった。
♡ ♡ ♡
『刮目せよ! 空と陸の共演! 空弁・駅弁大祭り大会!!』
駅中からデパート内に入った二人を迎えたのは、そんな煽り文句の幟だった。
大祭りか大会か、どっちかにしたら? とかいうツッコミは野暮だ。
催事場に一歩入れば、これが大祭りで大会なのは納得の光景が広がっている。
「素晴らしい! 素晴らしいよ、鷲見君!」
会場に入れば、そこはさち子さんの独壇場。
今までの緊張をすっかり忘れて、もっさり横に立つ彼ピに言った。
「心が躍り弾け飛んじゃうよ!」
「僕もです、さち子さん」
鷲見君も、目を輝かせてさち子さんを見ている。
彼の心が踊り弾け飛んでいる要因は弁当の山ではないのだけれど。
「どこから見ますか?」
「手始めに、さち子的三大弁当をゲットしに行こう!」
「了解です」
緊張を忘れたさち子さんは、彼氏の手を自ら引いて催事場に飛び込んだ。
つづく
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