第35話 彼ピと私の選択
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
なんと最近、彼氏ができてしまった。
♡ ♡ ♡
週の真ん中、水曜日はノー残業デー。
ただし、会計課は毎日ほぼノー残業なので、別に特別感はない。
「花寄さぁん、今日は鷲見くんと一緒に帰れるんじゃないですか?」
昼休み、パンを食べながら向いの席の畑野がニヤニヤしながらさち子さんに聞いた。
「いや、一緒に帰らなかったの昨日だけじゃん」
さち子さんはまめやの日替わり弁当をつつきながら、少々げんなりして答える。
さち子さんと鷲見君がお付き合いを始めたのを暴露したのが月曜日のこと。
そして火曜日を挟んで水曜日。
この話題はまだまだホットなようだ。今週くらいは仕方ないかもしれない。
しかし、いつもクールな畑野が他人の恋愛にこんなに食いつくとはさち子さんは思わなかった。
「おお、噂をすれば……のご登場だよ」
係長の涌井の席は、いわゆるお誕生日席で入口に対面している。
なので、彼の登場にまず気づくのが涌井である。
チラッ、チラッ
会計課入口付近で、さち子さんの彼氏は遠慮がちに様子を窺っていた。
伝票を持ってくる時とは違い、たとえ昼休みでも私用で彼女を訪ねるのが恥ずかしいのか?
付き合う前から距離感がバグっていたのに、とさち子さんは苦笑してしまう。
もっとも一歩踏み入れれば、実はガチめの少女漫画マニアだった畑野に冷やかされるから、その気持ちはわかる。
「鷲見君、早くお入んなさいよ」
いつものようにさち子さんが手招いて、やっと鷲見君はもさもさ歩いてその隣に座った。
ちなみに、いつ来てもいいようにさち子さんの席には椅子がもう一つ常備されてしまっている。
「さち子さん、今日は水曜日ですが残業が確定してしまいました」
鷲見君はがっくり肩を落として、この世の終わりみたいな声を出す。
「あー……そっかあ。福祉は大変だよねえ」
眉も目も八の字にして、アヒル口(←多分、無意識)で溜息を吐く彼ピ。
可愛いな! ちくしょうめ、撫で撫でしたい!
しかし、ガチ乙女とJKおじさんの目の前でそんなことはできない。
さち子さんは手を震わせて我慢した。
「しかしですね、日曜日のデートプランを二案ほど考えてきました」
「ほ、ほう……」
デートですって!? という顔で、外野の二人の目が輝き出した。
その視線を不安に思いつつ、さち子さんは彼氏の話に耳を傾ける。
「まず、A案ですが、少し遠出して水族館へ行き、海辺のテラスがあるレストランで食事です」
ほ、ほほう……
さち子さんは心の中で照れた。何、その「The☆デート」みたいな案!
「──ちょっとテンプレっぽいけど、初デートなら無難ね。まあ、いいでしょう!」
おい、畑野! お前には聞いてない!
ウンウンと真面目に頷く後輩に、やはりさち子さんは心の中でつっこんだ。
「続いてB案ですが、デパートで『空弁・駅弁大祭り』という催しをやってまして」
ほほう?
「全国からお弁当が勢揃い。さらに空港でしか買えない土産物もたくさん並ぶようです」
ほっほう?
さち子さんの目が急にらんらんと光る。
それは、興味津々で二人の会話に聞き耳を立てる外野達の比ではなかった。
「さち子さんは、どちらがいいですか?」
「鷲見君、そんなの考えるまでもないよ」
さち子さんは真面目な顔で聞いてくる鷲見君に、真面目な顔で返した。
「絶対、B!!」
「さすがさち子さんです」
鋭い眼光で真面目に見つめ合うおもろいアベックが爆誕。
ガタガタッ、と外野二人が椅子から落ちそうになっていた。
お読みいただきありがとうございます
感想などいただけたら嬉しいです!




