第33話 お迎え彼ピ
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
なんと最近、彼氏ができてしまった。
♡ ♡ ♡
ピンポロパンポン、ポロポンポーン……
たい、きーん!
業務終了の音に釣られて、さち子さんは思わず大きく伸びをした。
尋問受けまくりの月曜日がやっと終わるからだ。
「花寄さん、鷲見くん来てるよ」
「なぬ?」
涌井の囁きで会計課の入口を見ると、さち子さんの彼氏である鷲見君がそこに立ってチラチラしている。
あらまあ、可愛い。
さち子さんはは自然と顔がニヤけてしまって、彼を手招きした。
「……お疲れ様です、もう帰りますか?」
「うん、片付けたらね。鷲見君こそ、もう帰れるの?」
さち子さんがそう聞いたのは、彼氏と帰りたくないとかではなく、単純な疑問からだ。
福祉課はいつも遅くまで残っている印象だ。定時に帰れるなんてレアケースである。
「今日は帰れます。でも明日以降はわからないです」
「そっかあ、忙しいんだね」
「でもなるべく残らないようにします」
「う、うん」
無理しなくていいよ、と言いそうになってしまって、さち子さんは慌てて言葉を飲み込んだ。
「別に一緒に帰らなくてもいい」という風にはとられたくない。
あれえ? 私は鷲見君と一緒に帰れて嬉しいのか。
これが色惚けというヤツ? 恥ずい!
ていうか、付き合ったら一緒に帰るとか、中学生か!
わしは三十路女であるぞ、恥ずい!!
さち子さんが己で己の心につっこんでいると、畑野がニヤニヤして言う。
「ちょっとちょっとぉ、あんまり派手にやると一瞬で庁内にバレますよぉ」
すると涌井もニヤニヤして付け足した。
「すでに一階には知れ渡ってるけどねー」
お前達が派手に騒いだからだろうが。
さち子さんがそう文句を言おうと思ったら、鷲見君はいつものもっさり淡々な感じで言う。
「まあ、それが目的ではあります」
「ナヌ!?」
さち子さんは隣に佇む彼氏を二度見してしまった。
「さち子さんは僕のものであるということを、知らしめておかなければ」
そして鷲見君は今度は少し眉毛に力を入れて、さらに凄いことをあっさり言ってのけた。
何のために? とさち子さんは頭がよく回らない。
「あ、ああ、ああ。そうだよねえ、なるほどねえ」
男同士で通じ合うものがあったのか、涌井が頷くと鷲見君も合わせて細かく頷いた。
「やだあ、鷲見くんて見た目通り重い男なんだあ」
終業時間になって、畑野のクールナイフが復活。
グッサリ刺してやるなよ、畑野。
「見た目通り」かは知らないが、さち子さんは己の彼氏が「重い男」であることは知っている。
だが、鷲見君は特に気にしていないようだった。同期はクール耐性があるのかもしれない。
「じゃあ帰りましょう、さち子さん」
もっさり淡々と左手を差し出す鷲見くん。
それはまさか……
「手は繋がないけど!?」
「ええっ!?」
鷲見君は今日イチ驚いていた。
驚くんじゃないよ、私の方が驚きだよ。
市役所には夫婦もたくさんいるけれど、おてて繋いで仲良く退勤するカップルはおらん!
さち子さんはこの先が思いやられて、ちょっと途方に暮れる。
「やだあ! スーパー激重見守り彼氏じゃあん!」
声が大きい! 興奮するな、畑野!
「……」
がっくり肩を落としている鷲見君の背中を押して、さち子さんは早々にこの場を立ち去ることにした。
「とりあえず庁舎を出よう、話はそれからだ!」
「はい……」
鷲見君は悲しそうな顔で、不貞腐れている風情のアヒル口。
不満な顔で見るんじゃないよ。ほんとに距離感がすぐバグるんだから。
さち子さんは鷲見君の腕を引いて出口に向かう。
結局手を繋いで出るのと、あんまり変わらなかった。
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