第32話 待ち伏せていた彼ピ
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
なんと最近、彼氏ができてしまった。
♡ ♡ ♡
「れんきゅん、てナニー!!」
さち子さんの愛する会計課の先輩と後輩は、綺麗なアンサンブルで叫んでいた。
そしてその声に呼応したかの如く、始業のチャイムが鳴る。
ピンポロパンポン、ピーン……
ナイスなタイミングだ。今日ばっかりはこのふざけたベルがありがたい。
さち子さんはわざとらしくパンパンと手を叩いて、空気感のリセットを試みた。
「さあさあ、お仕事! 鷲見君も戻りなさいよ」
とりあえず深く追求される前に、さち子さんは鷲見君の背中を押した。
会計課出口まで丁重に送る。だが、その心中は結構ドキドキしている。
彼ピッピにボディータッチとか、まじ緊張するわ。
「おおい、待てやコラ! 続きは昼休みにやってやるからなあ!」
ヤのつくお仕事の人のようなドスの効いた声で、涌井が鷲見君の背中に怒鳴る。
涌井……若頭っすか?
「そうだそうだ、逃げんじゃねえぞ!」
舎弟のような追随で、畑野もやいのやいのと囃し立てる。
チンピラ畑野、案外可愛いかもしんない。
「わかりました。では」
──わかっちゃった! 私の彼氏は律儀!
鷲見君は騒ぐ二人を丁寧に振り返り、ぺこりとお辞儀をしてから会計課を去っていった。
嵐の後、さち子さんは朝からの興奮を宥めて着席する。
涌井も畑野もふうふう鼻息荒いままだったが、着席して数秒でスンとなった。
こんなコミカル集団でも、ちゃんとプロの公務員なので、午前中の業務は毅然とこなします。
……ただ、二人の私を見る目がずっと笑ってるけど。
ピンポロパンポン、ポーン……
昼休みを告げるチャイムが、今日は戦いのゴングのようだ。
さち子さんと鷲見君は会計課の机に並んで座り、若頭とチンピラから尋問を受けた。
「さあさあ! この土日で何があったんです? 全部吐いてしまいなさい!」
向かいの席で、チンピラ畑野が身を乗り出して、再び鼻息荒く興奮している。
「ねえ、どっちから告白したのっ? どっちからコクったのぉ?」
涌井若頭はいつのまにかJK涌井になっていた。
「はあ。それはもちろん僕からです」
即答した! 私の彼氏は素直が過ぎる!
さち子さんはもっさり淡々答える鷲見君を思わず凝視してしまった。
「やだぁ!」
「やっぱりぃ!」
JKが二人に増えた。
「ねねね、鷲見くん、やっぱりあれ? 花寄さんのお見合い現場に乗り込んで『こいつ、おれのなんで』とか言って攫ったんでしょ!?」
畑野の乙女チック妄想が止まらない。さち子さんは唖然。
知らなかった。畑野さんは少女漫画愛読者だったのか。わりとガチめの。
「いや、さすがに店まで調べられなくて」
調べようとはしたんかい。
れんきゅん、返答が怪しくなってきたぞ。大丈夫か。
「でも家でじっともしてられなくて、気がついたら駅前に来てて。そこから駅前をウロウロしながらさち子さんが帰ってくるのを待ちました」
あてどなく、無意識のうちにさち子さんを求めて駅前を徘徊。雲行きが怪しくなってきた鷲見君の説明に、さち子さんはドキドキだ。
だがそんな不安と裏腹に、それを聞いた涌井は興奮してどんどんJK化が加速する。
「ヤダァ! 待ちぶせ!? 大胆!!」
あ、ちょっとワードがセンシティブ。
さち子さんはますますハラハラする。だが、幸いにもそれは杞憂に終わった。
「うんうん、そっかあ。良かったねえ、鷲見くん、ほんと良かったねえ」
涌井がそこで号泣し出したのだ。まるで息子の元服を見届けた父親のように。
本人達より情緒がおかしくなっているその姿は、今まで彼だけが全てを見通していた証拠であった。
「花寄さん、クリスマス前に彼氏作るなんて、完全に勝ち組ですね」
畑野は大きくない瞳をキラキラ輝かせて、さち子さん達よりも勝ち誇っていた。
そういえば来月はクリスマス……
それは恋人達の最大の憧れ
付き合いたてで、そんなビッグイベント、無理ゲーじゃない?
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