第29話 告げる彼⑤〜求愛からの別れ?
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
今、人生の重大イベントが発生した。
♡ ♡ ♡
福祉課主事のもっさり淡々イケメン、鷲見君。
彼には人に言えない秘密があった。
彼は、二十年間さち子さんを『見ていた』アレだったのだ。
「ごめんなさい、気持ち悪いですよね……」
「えー? ああ。あー、ええ?」
当の本人、さち子さんはその事実を今日知った。
こういうのはどうなればアウトなんだっけ?
知らなかったらセーフなのか?
迷惑かけなければセーフなのか?
もう、何が何やら。何を考えていいのやら。
……むずっ! 何このイベント、むずっ!
鷲見君の、自称『気持ち悪い告白』は更に続く。
「市役所も、さち子さんが入ったのを広報誌で見たので、僕も受けました」
「え!」
「僕の人生は、すべてさち子さんを追いかけた結果です」
ええー……
私、これになんて答えたらいいん?
「ごめんなさい、こんな言い方したら、余計気持ち悪くてゲボ吐きそうですよね……」
いや、そんな卑下しなくても。
いや、するべきなのか? もう、全然わかんない。
さち子さんは逡巡する思考の中で、あるひとつの出来事を思い出した。
「あのー、前に鷲見君が『推しに認知された』って言ってたの、もしかして……」
「さち子さんの事です、もちろん」
うわああああ。
さち子さんはそれを聞いて、メチャクチャ小っ恥ずかしくなった。
アイドルだと思うじゃん。
『推し』なんて言ったらアイドルの事だと、三十路の私は思うんだよ。
「あの時、さち子さんが一生懸命励ましてくれて、嬉しかったんですけど、恥ずかしくて死にそうでした」
きゃああああ。
それはそうだ。本人から『鷲見君の情熱が伝わったんだよ! 良かったね』とか言われて。
ごめえん、その情熱、全然伝わってなかったわああああ。
「以上のことをふまえまして」
さち子さんが時間差で恥じらいまくっていると、鷲見君は強い目力で言った。
「僕と交際してもらえないでしょうか」
なんて強いハートを持ってるんだ……!
「えー……っと」
さち子さんは戸惑いが止まらない。
『僕、あなたのアレなんです』からの『交際してください』。
いや、文脈わい!
むずい。私は人生で一番むずい問題を提示されている!
さち子さんは恋愛偏差値の低い頭で考えた。
つまり、鷲見君は私を好き過ぎてアレになってしまった。
それほどまでに好きなのだから、交際して欲しい。
おお、文脈が成り立った気がする。
後はさち子さんの気持ちである。
鷲見君のことは、好きだ。
どう好きかと言うと、ちょっと明確にはならないけれど。
もっさり淡々と礼儀正しく、繊細で真面目。好感度しかない。
後は、鷲見君のアレをさち子さんがどう捉えるか。
彼の二十年間に渡るアレを許してもいいのか。
ていうか、そもそも、私、アレを怒ってるのかな?
メチャクチャびっくりはしているけれど、さち子さんに嫌悪感はなかった。
だって知らなかったし。
迷惑もかけられてないし。
鷲見君だし。
二十年前に一度会ったきりの少年が、ずっと自分だけを想って生きていた。
その情熱は時に行き過ぎたことをしたかもしれない。
でも知らなかったし。
やってたの、鷲見君だし!
「……すいません。花寄先輩にとっては迷惑なことです」
長考に入ってしまったさち子さんに業を煮やしたのか、それとも最初からそのつもりだったのか。
鷲見君は、きゅっと顔を上げてはっきりと言った。
「僕、明後日、辞表を出します」
へえええ?
さち子さんの思考が追いつかない。交際してくれという話ではなかったのか。
「そして花寄先輩の前から消えます」
おいおい、待て待て。
この令和の時代に人間が簡単に消えられると思うなよ。
「どこかの洞窟で写経して暮らします……」
島流しじゃないか。自分から行くパターン?
鷲見君独特の感じが炸裂して、さち子さんは心の中ではだいぶ面白かった。
こんなに面白い彼が、さち子さんに一方的な好意を押しつけて酷いことをするはずがない。
その自制と努力は、きっとこの二十年間が証明している。
しかし、鷲見君はこの世の終わりのような顔をして、こういう時のお決まりの台詞を繰り出した。
「だから、もう……」
僕のことは忘れてくださいってか?
つづく
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