第27話 告げる彼③〜告白すれど口説かず
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
最近、彼を見ると嬉しい。
♡ ♡ ♡
モヤモヤしたままではあるが、さち子さんは決戦の土曜日を迎えてしまった。
婚活アプリで会うことになったお相手は、阿部と言った。
三十五歳の会社員で、容姿も体型も普通。
もっさり淡々でも、スラッとイケメンの鷲見君を見慣れてしまっていたさち子さん。
そのせいで阿部は平凡に見えた。ごめんなさいと心で謝る。
それでも阿部は話題のカフェを予約してくれていた。気がきく、と畑野なら言うだろうか?
まず運ばれてきたのは、とても華やかなサラダ。
「わっ! すごい、キレイ!」
目の前に食べ物が出されたさち子さんは、しばしモヤモヤを忘れて興奮する。
「こちら、お写真に撮って拡散していただければ半額ですよ」
「そうなんですか!?」
店員の甘い言葉に、さち子さんはもちろん飛びついた。
阿部に了解をとってから、サラダを撮影。
SNSに即投稿して、その画面を店員に見せる。
「はい。ありがとうございました」
むふふ。得もしたし、こっちもネタがもらえて、これがWin-Winってやつか!
きっと電光石火でいいねがつくに違いない。
さち子さんの脳裏にあったのは、もはやサブリミナル的にインプットされた『レンティさんがいいねしました』の文言。
しかし今は人と会っているのでそれを確認することが出来ない。さち子さんは携帯電話の画面をそのまま閉じた。
阿部とした会話は、特にとりとめがないことばかりだった。
お互いの職業のこととか、出身大学のこととか。プロフィール交換の延長という感じだ。
ランチを食べ終わったら、意外なことにそこで解散だった。
何かあったらアプリでまた、とだけ言い残して阿部はそそくさと帰ってしまった。
これは……もしかして、やんわり振られたのか?
サラダ半額につられた、しょっぱい女だと思われたか。
取り残されたさち子さんに、またモヤモヤが復活する。
自信があった訳ではないが、婚活アプリで会うまでいけばそれなりに期待するのは人情である。
心もお腹も消化不良のさち子さんは、やけ食いや衝動買いするほどの元気が出なくて帰ることにした。
電車の中でSNSの画面を開く。
あれ? いいね、ついてない……
なんだよ、もう。つまんねえ。
さち子さんの頭に焼きついたサブリミナル。
『レンティさんがいいねしました』
『レンティさんがいいねしました』
『レンティさんがいいねしました』
眠い、の一言にだって『レンティさんがいいねしました』がついたのに。
なんで、今日の綺麗なサラダにはつかない?
見てない?
なんで?
え、もしかして、具合悪いとか?
それともわざと見てない?
私を、見るのを、辞めてしまった……?
さち子さんの視界が急に暗くなる。
なんか、悲しいかもしんない。
地元の駅に着いて、さち子さんはとぼとぼ家路を歩き出す。
「花寄先輩」
「うわぁ!」
急に近づいてきた大きな人影。鷲見君だった。
びっくりした。でもなんか嬉しい。
そういえば、今週は全然会計課に来なかった。
話すのがこんなに久しぶりなの、初めてかもしれない。
さち子さんの中にあったモヤモヤ。
鷲見君を見たら、どこかに行ってしまった。
「鷲見君! なあに、奇遇だねえ」
「……ご機嫌ですね」
さち子さんの弾んだ声と、鷲見君の不貞腐れた声は対照的だった。
しかしさち子さんは鷲見君に会えた嬉しさで、鷲見君の不機嫌さが気になっていなかった。
「まさかあ! 今さっき振られたところだよ!」
「え? それにしては、楽しそうですね?」
「これは鷲見君に会えたからだよぉ!」
「えっ……」
──え?
今、私は何を口走った?
さち子さんは今日の自分の感情を急いで確認する。
婚活振られた。まあ、仕方ない。
いいねがつかない。めちゃ淋しい。
そういえば鷲見君、今週全然見てない。激しく淋しい。
鷲見君に会えた! メチャクチャ嬉しい!
……おや?
これって、私……
「さち子さん」
「はひっ?」
さち子さんが自分の気持ちに少しトリップしていると、鷲見君がやや大きな声で呼んだ。
しかも、名前で。さち子さん、て呼ばれた。
さち子さんはにわかに緊張する。
「婚活なんて、やめてください」
「へ?」
「不特定多数の男と会うくらいなら、僕と交際してください」
「……」
え? 何それ。
マジ?
プロポーズやら婚姻届やらは、飛躍し過ぎて冗談だとさち子さんは思っていた。
だけど、今日の鷲見君の告白は限りなく現実味を帯びている。
もっさり淡々だった顔は、今はキリッとしっかりだ。
「僕は、あなたのことがずっと好きなんです」
ちょっと待って。
頭、真っ白なんですけど。
突然の告白にさち子さんは狼狽える。
彼の気持ちも、気づきつつある自分の気持ちにも、まだ向き合えていない。
え、これ、今、答え出さなきゃダメ?
さち子さんの狼狽を放って、鷲見君はますます思いつめた顔をしていた。
これは「好きです」と言って、女性を口説こうとする顔ではない。
急な彼の態度の変化に、さち子さんはますます戸惑う。
「答えを出す前に、僕の懺悔を聞いてくれませんか」
え? どゆこと?
つづく
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