第26話 告げる彼②〜今回も不発です
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
最近、彼を見ると嬉しい。
♡ ♡ ♡
「それで、花寄さん、お相手と何かやり取りしたんですか?」
婚活アプリでマッチングに成功したさち子さん。
そのさち子さんに婚活アプリを勧めた張本人・畑野の興奮が止まらない。
「うん、次の土曜日にランチすることになった」
「でええっ!」
横で聞いている涌井の興奮も、ものすごい。
「……」
そして鷲見君は棒立ちになって呆けている。
その異様な姿に、さち子さんはやはり鷲見君が心配になる。
介護担当は激務って聞くからなあ、とか考えているが実はそっち方面の心配は必要ない。
「碌に話もしないで会うんですかぁ?」
さち子さんの急過ぎる展開に、畑野はさすがに少し警戒したような顔をしていた。
「いやあ、昨日の夜、結構メッセージ交換したよ。そしたら最後に会いませんかって」
「ふうん……まあ、昼間に会うくらいならセーフですかねえ……」
畑野は眉毛をひん曲げて唸る。少ない情報の中、その相手が本当に大丈夫なのか考えているのだ。
「そんなチョットやり取りしただけで、すぐ会うなんて良くないんじゃないかな!?」
「やっぱりそうですかねえ……」
畑野が黙った隙に、涌井も慌ててそんな事を言った。興奮して頬が赤くなっている。
さすがに先輩から言われればさち子さんも少し躊躇った。
そして鷲見君はずっと棒立ちなんだけど、大丈夫?
「相手は相当結婚に焦ってるんですね。あ、だから花寄さんでもマッチングしたのかも!」
おおい! 畑野ォ! 失礼すぎるぞ!
「でもそんなにぐいぐい来るような人がいるんだあ。私はアプリ登録やめとこうかなあ」
お前! 私を実験台にしたんだな!
さち子さんは畑野の大きな独り言にツッコミたかった。
だけど後輩の口車に乗って興味半分で始めてしまったのはさち子さん自身。
相手の男性が絡んでくる事態になってまで、畑野に責任を負わせようとは思わない。
「待って、畑野さんが花寄さんに婚活アプリ、勧めたの?」
しかし涌井はそれを聞いて、今度は青ざめていた。
さっきから一人で青くなったり赤くなったりしてるけど、ホントどうしたの?
情緒不安定な先輩の方も、さち子さんは心配だ。
「…………」
そして棒立ちの鷲見君から、ずももも……っと黒い雲でも出ていそうな雰囲気を感じる。
その黒雲がロックオンしたのは、彼の同期・畑野環。
「えっ、鷲見くん、何!? 何でそんなに睨むの?」
「──」
鷲見君の迫力に、畑野は珍しく焦って怯んでいた。
ねえ、ちょっと待って。今日はみんな、様子がおかしい。
さち子さんが会計課の異常を感じた時、久しぶりの爆弾が投下されようとしていた。
「花寄先輩」
「ん?」
鷲見君の顔が怖い。
「婚活するくらいなら、僕と結婚してください」
「……」
さち子さんは、一瞬だけドキッとした。
だけどすぐに出会った頃の鷲見君がフラッシュバックする。
出会って三日目で、婚姻届なんて持ってくるファニーボーイな面が彼にはあるのだ。
だから、今度も同じだとさち子さんは思った。
そういう事にしたのは、この蔓延する異常な雰囲気を早く元に戻したかったからかもしれない。
「アッハハ! うんうん、また今度ね!」
鷲見君のプロポーズ爆弾、今回も不発!
「……失礼しました」
鷲見君はそれだけ言って帰ってしまった。
伝票は床に落ちたまま。
……あれ?
なんか、まずかったかな?
さち子さんは、胸のあたりがモヤモヤしてしまった。
鷲見君の背中が遠い。
「は、ははは、花寄さん! とにかく考え直した方がいいんじゃない!?」
何かを取り繕おうと更に慌てふためく涌井。ダッシュで伝票を拾ってボックスに入れた。
「はあ。でも約束してしまったので、理由なくお断りするのも……」
そうなのだ。もう事態は昨晩に動き始めてしまっている。
さち子さんが今モヤモヤした所で、後の祭りであった。
「そうですよ。ランチだけご馳走になって帰ってきたらいいんですよ」
畑野の容赦ない後押しが飛ぶ。
それで涌井は珍しく声を荒げた。
「ああもう! うちの女性陣は血も涙もないよ!」
涌井さんがこんなに取り乱すなんて。
やっぱり私は取り返しのつかないことをしてしまったんだろうか。
「えー、女性でくくるのはセクハラですよー」
しかし若さからなのか反省の色が見えない畑野に、涌井はがっかりしてしおしおと席に戻った。
「セクハラでも何でもいいよ。俺は悲しいよぉ……」
その日の午後はずっと、涌井は元気がなかった。
鷲見君は、そこから週末になっても会計課に来なかった。
つづく
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