第25話 告げる彼①〜さち子さんの婚活
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
最近、彼を見ると嬉しい。
♡ ♡ ♡
『青と黒の魅惑の食べ物。チョコミントパフェじゃあ!』
写真をSNSに送信!
『レンティさんがいいねしました』
はやっ!
毎回、電光石火の鷲見君からのいいね。
驚きつつもさち子さんはご満悦だ。
鷲見君(SNSネームはレンティ)は、物産展で偶然会ったあの日から、さち子さんが投稿するとすぐにいいねをしてくれる。
その平均速度は一分以内。それを超える「放置」は今の所、まだない。
さち子さんは嬉しさ反面、鷲見君の生活も少し心配になる。
三十代のこの私でさえ、休日はちょっと都会に繰り出してカフェでパフェを食べに来てるのに。
今時の若者は、休みの日も携帯の画面ばかり見てるのかな?
恐るべし、SNS時代の寵児。
だがさち子さんは知らない。鷲見君が見ているのはさち子さんのSNSだけだという事を。
なんなら他の人にも同じようにしているとさえ思っている。
だからこそ、さち子さんは鷲見君のSNS依存が心配なのだ。正確にはさち子さん依存なのに。
そんな事をパフェを食べながらぼんやり考えていると、別のアプリから通知が入る。
『お相手からいいねが届きました♡』
む? ふおっ、これは──
さち子さんは咥えたスプーンをついつい噛んでしまった。
途端に高鳴る胸の内。長らく忘れていた感情かもしれない。
♡ ♡ ♡
「ええええっ! 本気なの、花寄さん!?」
次の日の昼休み。統括主査の涌井は蕎麦を箸から落とすくらいに驚いていた。
「やりましたね、花寄さん。一歩前進ですね」
比べてドヤ顔で親指を立てる後輩の畑野。
さち子さんは得意げに誇らしく微笑んだ。
「ふっふっふ。私が本気だせばこんなもんよ」
すると涌井は更に焦っていた。
「ほ、本気なんだ……」
様子がおかしい涌井に、畑野はニヤニヤして聞いた。
「もしかして涌井さんは花寄さんを狙ってたんですかあ? 既婚者のくせに」
「そういう事じゃないよ! ていうか、それはセクハラだからねっ」
いつもと立場が逆転し顔を赤らめている涌井はちょっとカワイイ、とさち子さんは思ってしまう。
畑野はそんな涌井にクールないつもの調子で言い放つ。
「婚活アプリなんて珍しくもないでしょ。いかがわしい出会い系と一緒にしないでくださいよ」
若者ならではの論拠に、何故か涌井はだいぶへこんでいる。
さち子さんは昨日、婚活アプリで初めてマッチングに成功した。
その事を畑野に報告し、涌井が盗み聞きした結果が今の状態である。
「そういう事でもなくてね、ええと、花寄さんは、それでいいの?」
「何がです?」
どういう事で涌井はこんなに困っているのか、さち子さんにはわからなかった。
「だからさあ……いいの? 本当に……」
「んんー?」
涌井は何かを言いにくそうにしていた。顔も淀んでいる。しかしさち子さんは全然わからない。
「あっ、鷲見くん!」
めざとく気づいた畑野の視線の先。ビクッとなった鷲見君が立っていた。伝票を手にして会計課に入って来たのだ。
「昼休みなのに、すいません……」
申し訳なさそうな彼に、さち子さんは笑って言ってあげた。
「いいよいいよ、ボックスに入れといて。ご苦労様」
福祉課は忙しそうだなあ。ちゃんと昼ごはん食べれてるんだろうか。
さち子さんは鷲見君の顔色が良くないような気がして心配になる。
「ねえねえ、鷲見くん聞いた?」
畑野は興奮したまま鷲見君を呼び止めた。
「花寄さん、婚活アプリでついにマッチングしたんだって!」
「あっ、バカッ!」
更に慌てる涌井。後輩に暴言だなんてらしくない、とさち子さんも驚く。
「こ……んか、つ……?」
鷲見君は瞬きを千回くらいして、伝票をパサリと床に落としてしまった。
みんな、ほんと、どうした?
つづく
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