第23話 同期と後輩③
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
彼を見ない日はちょっと物足りない気がする。
♡ ♡ ♡
「お、ま、え、は、バ、カ、か!?」
さち子さんは大振りな仕草で、鴨川にすごんだ。
せっかくもらった高級茶葉を、こんな職場の電気ポットしかない所で淹れるなんてバチが当たる。
「ええー、おさちがそんなに興奮してるなら、飲んでみたかったなあ」
鴨川は残念そうにふんぞり返った。さち子さんはすっかり怒り浸透である。
ちゃらんぽらん同期のオマエは黙ってバーガー食っとけ! 鷲見君も睨んでおるぞ!
「じゃあ違うのでいいよ。この油でまみれた胃袋をなんかお茶でスッキリさせてくれ」
ジトっとした視線を受けるも何も気にしない能天気男はあっけらかんと笑う。
さち子さんはもらった高級茶葉からターゲットが外れたので、少しほっとした。
「ええー、図々しいなあ」
「言いたかないけど、モック買ってきてやったじゃん。紅茶コレクション、裏で常備してんの知ってんだからな」
むむ。痛いところをついてきた。生意気な。
モック購入を言い出したのは鴨川だが、彼をパシリに使ったことは事実。
さち子さんが渋っていると、意外にも外野から援護射撃。
「花寄さんの紅茶、全部美味しいっす」
何故か畑野まで期待の眼差しを寄せる。
「俺たちが絶対買わないような、珍しい紅茶飲ませてくれるんだよねえ」
統括! あんたもか!
さすがのさち子さんも先輩からの期待には応えるしかない。
「わっかりましたあ。まとめて面倒みてやんよぉ」
さち子さんが観念すると、小さく歓声が起こった。
「あ、鷲見君もせっかくだから飲んでいってよね」
椅子をもう一つ持って来て、さち子さんは鷲見君を鴨川の隣に座らせようとした。
だが鷲見君はその椅子をさち子さんの机の逆側、涌井よりの位置に持っていって腰掛ける。
ああ、そういえば鴨川君がちょっと苦手だったっけ。わかる。
さち子さんは苦笑しながら給湯室へ向かった。
給湯室に着いたさち子さん。奥の棚、『さち子コレクション』の中から最近買ったティーバックを選んだ。
ふっふっふ。皆、紅茶を持ってくると思ってるだろう。
百戦錬磨のさち子さんは、ここであえて柑橘フレーバーの緑茶を淹れちゃう。
せいぜい驚くがいい。
さち子さんはこれを飲んだ時の皆の反応を今から想像し、ニヤニヤしながらお茶を淹れた。
途中で弁当箱を洗いにきた戸籍課課長がその怪しさに怯えたほどである。
「へい、お待ち」
人数分のお茶を淹れて、さち子さんは華麗に凱旋。
緑茶を淹れたカップを渡すと、鴨川は驚きながら言った。
「へえー、緑色の紅茶なんてあるのか!」
するとさち子さんの趣味趣向を熟知した同僚達が吹き出して笑う。
「鴨川さん、これは緑茶です」
畑野は珍しくニヤニヤしていた。それでさち子さんもニヤニヤを返す。
私の思いを受け取ってくれる後輩、好き。
「どう? 鷲見君、美味しい?」
味覚オンチ野郎はほっといて、さち子さんは自席についてから鷲見君に訊ねた。
「オレンジ、ですか? さっぱりしてて美味しいです」
「グレープフルーツだよ。食後にいいでしょ」
「はい……」
鷲見君はとても丁寧に飲んでくれた。淹れた甲斐があるねえ、とさち子さんは大満足。
「花寄さん、すごいねえ。両手に花じゃないの」
鷲見君と鴨川を両脇に座らせているさち子さんを、涌井が冷やかした。
全てを見通す涌井としては、冷かさずにいられなかったようだ。
「ええ? 鷲見君は確かにお花ですけど、鴨川君はサボテンでしょ?」
「サボテンをバカにすんなよ、あれは食えるんだぞ!」
鴨川は憤慨していた。空気を読まないバカだけど、やり返せたからさち子さんは笑う。
なんだか、今日の昼休みは楽しい。
「涌井さん、今のは完全にセクハラです」
畑野女史の最後の一言がなければ……
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