第22話 同期と後輩②
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
彼を見ない日はちょっと物足りない気がする。
♡ ♡ ♡
「……珍しいお昼ですね」
さち子さんと鴨川の間に広がっているモックのハンバーガー達を見て、鷲見君は不機嫌だった。
「うん、今日はたまたまね。久しぶりに食べたけど、やっぱうまいよねえ」
「はあ……」
鷲見君の反応は悪い。あんまりファストフードは食べないのかな?
さち子さんは鷲見君とファストフードの取り合わせについて想像を巡らせた。
鷲見君は育ちが良さそうだ。その背の高さはファストフードでは得られないかもしれない。
「鷲見君、ポテト食べる?」
さち子さんは目の前のLポテトを差し出した。不機嫌なままの鷲見君を見ているのはちょっと居心地が悪い。
普段食べなくても、いや、食べないのなら尚更、この素敵な油の匂いには笑顔になるに違いない。
さち子さんはそう思っていた。
「おさち、それは俺が買ったポテトだっつーの」
先に口を開いたのは鴨川の方だった。少しふてくされている。
「いいじゃん、ケチ」
さち子さんは大人気ない同期を軽く睨んで、鷲見君の方にポテトをずいと向ける。
「お……さ、ち?」
しかし鷲見君はカッと目を見開いて固まっていた。
鴨川はその日のテンションによってさち子さんを「オハナ坊」とか「おさち」とか言う。
もちろんさち子さんはその違いを気にしたりなんかしない。鷲見君だからこそ、鴨川の「テンション」の違いに気づくのである。
「どした? 鷲見君? ポテトいらん?」
「いいえ、いただきます」
やっぱりファストフードは好みじゃないのかな、というさち子さんの不安は一瞬で消える。
鷲見君は難しい形相で、ポテトを十本ばかり掴んで一気に食べた。
初めて見る豪快な食べっぷりに、さち子さんはちょっとワクワクしてしまう。
「遠慮がないね、キミ!」
もちろん鴨川の悲鳴は無いものとされた。
「……青春の味がします」
「ああ、やっぱり? モックは学生の味方だもんね」
口をポテトでいっぱいにしながら、鷲見君はそこでようやく笑った。
途中の態度が気にはなったが、やはり鷲見君もファストフードを食べる普通の子だとさち子さんは一安心。
「中高ではほぼ毎日食べてました」
「ええ? そうなん? 割とヤンチャなことしてるね」
そこまではさすがに意外で、さち子さんも少し驚く。
まあ、確かに男子高校生くらいは帰るまでにお腹空くもんね。
私のクラスメイトの男子も多分そんな感じだった……ような気がする。
さち子さんは一瞬だけ、高校時代の頃の風が胸に吹いたような気がしていた。
「鷲見くん、なんか花寄さんに用事なんじゃないの?」
畑野がそう言うと、鷲見君はもぐもぐしていたポテトをゴクッと音を立てて飲み込んだ。
「あの、えっと、これを……」
大きな鷲見君が持つとより小さく見えるが、とても可愛い紙袋をさち子さんに差し出した。
「ん? 見ていいの?」
その中には、さち子さんの大好きなブランドの紅茶缶。し、かーも。
「ふぉお! ゴールデンチップ!?」
芯芽が入った高級品である。さち子さんはすっかり大興奮。
「花寄先輩、好きかと思って……」
「もらっていいの!? 私もここのブランドはよく買うけど、さすがにこれは買ったことないよ!」
さち子さんの感激ぶりに、鷲見君は満足そうに笑っていた。
「先日、ホットチョコをご馳走になった御礼です」
さち子さんは少し戸惑った。
紅茶缶の方がおそらく少し高い。お返しなら半額くらいが常識だが、若い鷲見君がそこまで気を回せるはずもない。
そしてその脇で、ただで便乗飲みした二人が気まずそうに目を逸らしていた。
「もらってください。あの時……すごく嬉しかったので」
ふわりと鷲見君が笑う。
そのイケてる笑顔にさち子さんはうっかりときめいてしまった。
普段もっさり淡々しているから忘れがちだが、鷲見君は大層なイケメンだったのだ。
だが、そんなさち子さんのほんわりタイムに土足で入り込んでくる奴が一人。
「そんなにすごいお茶なら、ちょっと淹れてみてくんない?」
鴨川君が邪魔してきやがった!
この返礼の意味もわからない輩は黙れ!
つづく
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