第21話 同期と後輩①
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
彼を見ない日はちょっと物足りない気がする。
♡ ♡ ♡
「ハンバーガー、いらんかねー」
昼休み、暢気な声でものすごい匂いがやって来た。
さち子さんの同期、鴨川がハンバーガーやポテトを携えて会計課にやって来たのだ。
「わーお、今日ばかりは待ってたよぉ」
さち子さんは両手を上げて、珍しくちゃらんぽらん同期を歓迎する。
「ちょっと、すごい匂いなんですけど」
クールなノンオイル派、畑野は案の定冷たい視線を鴨川によこしている。
「昼飯にコッテコテのモックとはやるねえ」
広い心で何でも見通す統括主査、涌井の言葉は優しいが、確実に引いていた。
「まーまーまー、これで皆さんも同罪ッスわ!」
鴨川はヘラヘラ笑いながら鮮やかな手つきで、さち子さんの同僚二人にポテトのSをプレゼント。
「いいの? 悪いねえ」
「……ご馳走様です」
そう、普段何を言っていてもこの油の匂いに対峙したら抗える者はいない。涌井も畑野も、素敵な笑顔になっていた。
「わざわざ駅前まで買いに行ったの?」
涌井の質問に、鴨川はさち子さんが用意した椅子にどっかり座ってから答える。
「いやあ、今日は午前中に駅前で建築確認がありまして、そのついでッス」
さち子さんが朝出勤したら、鴨川から庁内メールが来ていた。『モックいる人!』と言う件名で。
午前中に駅前で仕事するから帰りにモック買うよ、という内容を同期全員にCCしていた。
結局、それに乗ったのはさち子さんだけだったらしい。
何故だ。モック、うまいのに。
「ほい、おさちのテリヤキとオレンジジュース」
「ポテトは?」
「俺がL買ったから、半分食っていいよ」
「おやまあ、ゴチになります」
さち子さんの隣に座った鴨川はいそいそとポテトを広げる。さち子さんはウキウキでまず一本つまんだ。
「うーん、うまい!」
「モック、サイコー!」
さち子さんと鴨川。同期の中ではなんだかんだと馬が合う。
二人でうへうへして食べていると、畑野が少し白い目で見つめていた。
「息、ピッタリですね」
こういう時だけね!
さち子さんはそれはもうご機嫌で、テリヤキバーガーの包みを開ける。
和風のあまじょっぱい匂いが鼻腔をくすぐって、もう我慢できない。
「花寄さん、花寄さん」
珍しく涌井が、小声で焦りながらさち子さんを呼んだ。
「ふぁい?」
テリヤキバーガーに夢中のさち子さんに、涌井は視線で入口付近を見ろと示している。
「……」
会計課入口にて。じっとりした雰囲気で佇む背の高い人影。
「あ、鷲見君」
福祉課の鷲見君が、じーっとこちらを見て何か言いたそうにしていた。
「どうしたの?」
さち子さんはいつものクセで、鷲見君をおいでおいでと手招いた。
いつもならすぐに近づいてくるのに、今日の鷲見君は慎重だった。
「?」
何も気にせずもふもふとダブルチーズバーガーを食べる鴨川。
鷲見君からどんな視線を受けても平気な顔をしている、お気楽なヤツである。
「……」
ジトっとした視線のまま立ち尽くす鷲見君の姿にさち子さんは首を傾げていた。
鷲見君よ、なんで鴨川君を睨むんだい?
つづく
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