第17話 破壊された後輩
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
最近、気になる後輩がいる。
♡ ♡ ♡
「花寄さん、ツインテールってどう思います?」
庁内一のクール女子、畑野はそう言って溜息をついた。
ちなみに畑野の髪はショートカットなので、この質問は不可解だ。
しかしさち子さんの後輩は軒並み不可解。気にせずに答えることにしている。
「うーん、若かったらカワイイんじゃない?」
「ですよねえ。若いことは絶対条件ですよね」
今日の畑野は随分言葉が強い。
「絶対、ではないと思うけど。どうしたん?」
さち子さんが聞き返すと、畑野は「聞きたいですか?」ともったいぶった。
聞いて欲しいことがあるから、こんな話題を切り出したのでは?
はよ喋れ、と思いながらもさち子さんはお姉さん風を吹かせてゆっくり頷いた。
どうしたどうした、この私に相談してごらんなさい。
すると畑野はようやく溜息混じりにぽつぽつと話し始める。
「昨日、兄の彼女に会ったんですけど。二十九歳にもなって、長い髪をツインテールにしてぶりっ子してるんです」
「お、おお……」
「都内のカフェの正社員だそうなんです。サービス業なら、ある程度はって思いますけど、バイトじゃなくて正社員なんだから落ち着いたら? って思いません?」
「カフェの雰囲気が、そういうカワイイ感じなのでは?」
さち子さんが公平な心でそう言うと、畑野は更に深い溜息をついた。
「そうなんでしょうけど、プライベートでもそういう感じなのかよって思っちゃって……」
性格と仕事が奇跡的にマッチングしている、とても幸せな環境にいる人だ。さち子さんは率直にそう思った。
みんな何かしら本来の自分を抑えて仕事をしている。社会に出るとはそういうこと。だから、その人はラッキーなんだろう。
裏表がなくていいんじゃないかとは思うけど、多分、畑野が気に入らないのはそういう事じゃない。
ツインテールなんてしてキャピキャピ仕事をするような人と、一般的に「お堅い」と思われるさち子さん達の職種ではだいぶ差がある。
キャピキャピに見える仕事も、それなりに苦労はありそうだけど。若干二十四歳の畑野にはまだピンと来ないかもしれない。
なんだかんだと色々考えたが、結局お兄さんを取られちゃって、寂しいんじゃない?
畑野の味方をして、その人の悪口に乗るのは簡単だけど、長い目で見たらそういう訳にもいかないだろう。
結婚でもしたら、畑野と義理の姉の間には埋まらない溝が出来てしまう。
そこでさち子さんは微妙に話題をずらして、例え話をしてみた。
「カワイイ格好って単純に気分がアガるよね。私も高校生の頃、友達に遊びでツインテール結んでもらったら、帰り道までスキップしたもの」
「はあ。高校生ならそうなんでしょうけど……」
しまった、響いていない。学生の話だと意味がなかったか。でも私もあれ以来経験がないしなあ。
さち子さんがツインテール漫談をなんとか捻り出そうとした時。
「鷲見くんはどう思う?」
「あれ、いたの、鷲見君?」
さち子さんがうまい話をウンウン考えているうちに、鷲見君が伝票を持って近づいていた。
畑野は通りすがりの鷲見君にまで意見を求めている。相当ブルーになっているようだ。
「ツインテールは……まあ……破壊、されるよね」
畑野の問いに、鷲見君はボソリと呟いた。
「えー、鷲見くんみたいなムッツリでも、性癖破壊されるんだあ」
畑野、もっと言葉を選べ。
落ち込んでいるからと言って何でも許される訳ではないぞ、とさち子さんは内心ハラハラした。
しかし、言われた鷲見君はいつも通りのもっさり淡々だ。若い人のノリはやっぱり不思議である。
「例えば、花寄さんがツインテールにしたら、どう思う?」
おい! 兄の彼女と年齢が近いからって、私を貶めるのか!
急な辱めにさち子さんの目はまんまるだ。鷲見君の方を見ると、やはり目をまるくしつつ想像に耽っている。
具体的に想像されていると思うと、実際にやってはいないのに、さち子さんはかなり恥ずかしい。
「……ヤバいっすね」
数秒の後、鷲見君はさち子さんをじっと見た後、視線をぐるぐるさせて呟いた。
それはどっちなんだい。似合うと思ったのか、キツいと思ったのかどっちなんだい。
「ヤバいよねー」
畑野の勝ち誇った冷笑。彼女の中ではツインテールのさち子さんは悪い意味の「ヤバい」方だ。
「……全てが破壊されそうで、ヤバいです」
そ、そんなに!?
鷲見君のぐるんぐるん首を回しながらの言葉に、ついにさち子さんもショックを受ける。
お前達、いいかげんにせえよ!
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