第15話 気がきく後輩
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
最近、気になる後輩がいる。
♡ ♡ ♡
昼休み。さち子さんは自席で出前した弁当を食べていた。
麻婆豆腐、うまい。白米と合うー。
さち子さんは好物のメニューに舌鼓。食事中のさち子さんほど平和な人はいない。
「……」
ふと、さち子さんは視線を感じた。
入口を見ると、鷲見君がジトっとこちらを見ていた。
「おや鷲見君、どうしたの?」
さち子さんがおいでおいでして手招くと、鷲見君はもっさりと歩いてやって来る。
「花寄先輩、今日のお昼はまめやの日替わりですか」
「うんそう。麻婆豆腐だからね、即決だよ」
「今日は木曜日ですけど」
「ああっ!」
言われてさち子さんはギクリと震えた。
木曜日は市庁舎前にあさみベーカリーのトラック販売がやってくる。
さち子さんはここのパンの大ファンで、木曜日は欠かしたことがなかった。
「しまったああ、完全に忘れてたよぉ! 目先の麻婆豆腐に負けてしまったよぉ!」
悔しがりながらもさち子さんはまた麻婆豆腐を食べる。食べる手はどんなに悲しくても止まれない。
不覚な事実が発覚したとて、麻婆豆腐の美味しさは変わらなかった。美食は不変だ。
しかし、そんなさち子さんの敗北感を逆撫でするように、鷲見君は更に爆弾発言をぶっ込んだ。
「今日から、ホイップあんぱんver.ホワイト、始まってましたよ」
「な、なんですと!?」
説明しよう!
ホイップあんぱんver.ホワイトとは、もっちり白パンの中にこしあんとホイップが入る、秋冬限定の人気商品だ。
さち子さんはこれの熱烈大ファンで、通称白あップを毎年楽しみにしている。
太る? そんなのは知らん!
「今日からだったのかぁ!」
さち子さんは頭を抱えて悔しがる。それはいささかやり過ぎなのかもしれない。
しかし、期間限定商品の白あップを今週逃したということは、今年食べられる回数が一回減ったという事。
それはさち子さんには残酷過ぎる事実である。
それでも信じる者は救われる。もっさり長身イケメンの神がさち子さんの元に舞い降りた。
「買っておきました。先輩の分も」
「鷲見くーん!!」
さち子さんは鷲見君の白あップを持つ手ごと掴んで、歓喜に震えた。
「今年はいくらだった? 去年と同じ二百四十円かな!?」
「え、あ……まあ……」
「ありがとう! はい!」
「あ、お……はい……」
さち子さんに手を握られて急に辿々しくなった鷲見君の心情は、鈍感なさち子さんにはわかるまい。
鷲見君に小銭を握らせた後、鷲見君が小さく「おっふ」と呟いたこともさち子さんには聞こえない。
何故なら一年ぶりの白いコイビトと再会したのだから。
私は今年最初の白あップを手に入れた!
またこれで七十五日、長生きできる!
「気がきくねえ、鷲見くんは。いい夫になるんじゃない?」
一部始終を見ていた涌井は、いつも通りニヤニヤしていた。
彼はもちろん全てを見通している。
「確かに! 妻の好物をこんな風にさりげなく買っといてくれるなんて!」
「つっ……!」
さち子さんの罪深い言葉に、鷲見君は真っ赤になっていた。
「つ、つひっ……!」
そしてそのまま鷲見君は息をとめてしまった。
それはさち子さんが、しゃっくりを止める時にいつもしている動作と同じ。
あらあら、しゃっくりが出てしまったのね、鷲見君は。
赤くなって息を止めている。頑張れ、そのうち止まる。
しかし、私が白あップファンだって、いつ言ったかな?
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