第14話 待ちわびた後輩
私の名前は、花寄さち子。
市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。
最近、気になる後輩がいる。
♡ ♡ ♡
「ただいまんもすでーす」
さち子さんは二日間の出張に出ていた。泊まりではないが、二日間は朝から別の場所に直行していた。
そして無事に全日程を終えて、報告のために夕方ようやく会計課に帰ってきた。
「ああ、お疲れさん」
さち子さんが留守の間二人分の伝票審査をこなしていたであろう、統括主査の涌井は心なしか疲れていそうだった。
「まんもす……?」
比べて業務が違うため、通常営業だった畑野はさち子さんのただいまギャグを怪訝な顔で反芻した。顔には「寒いんですけど」と書いてある。
「どうだった、主任研修?」
「うーん、まあまあですかね」
涌井がニヤニヤしながら聞くので、さち子さんもニヤニヤしながら返した。
この会話には「爆睡しちゃったんじゃないの?」「わかります?」と言う意味が隠れている。
さち子さんが参加したのは県庁で行われた合同主任研修。同期の五人揃って参加していた。
別々に電車で行くのが普通ではあるが、鴨川が庁用車を予約して運転を買ってでた。
「久々にみんなで騒ぎながら行こうぜ!」という音頭に全員が乗ったのである。
ちゃらんぽらんで適当なヤツだが、こういう時には頼りになる。まあまあ強引ではあるが。
おかげで満員電車に乗らなくてすんだし、道中もおしゃべりできて楽しかった。さち子さんはかなり満足で、研修期間をエンジョイした。
「あ! 鷲見くん、久しぶり!」
涌井が手をあげて声を弾ませる。
会計課の入口で、福祉課二年目の鷲見君がやや挙動不審にこちらを窺っていた。
「どうした、ここ二日ばっかり全然来なかったじゃないの」
涌井はまた別の意味でニヤニヤしていた。
それはこの場の誰も、多分理解はできていない。
「いえ、来てました。伝票はちゃんと出してます」
少し罰が悪そうに答える鷲見君。
本人にはニュアンスくらいは伝わっているのか、おずおずと入ってくる。
「やあ鷲見君! ただいまんもす!」
ニュアンスのニュの字も伝わっていないさち子さんは、研修を終えたばかりで解放感に支配されている。
ハイなテンションそのままに、鷲見君にピースした。
「お、お帰りなさい。お疲れ様でした……」
鷲見君は、はにかみながらもなんだか嬉しそうにさち子さんの側に寄ってきた。
「花寄さん、私にウケなかったからって、鷲見くんでリベンジしましたね」
「なんてこと言うの、畑野さん! その通りだよ!」
クール女子・畑野とさち子さんのいつもの軽快な会話を、鷲見君は珍しく「あはは」と声を上げて笑っていた。
「花寄先輩、これどうぞ」
鷲見君が出してきたのは、庁内自販機で人気ナンバーワンのエナジードリンクだった。
「えーいいの? ねぎらいだあ、嬉しいなあ」
そのドリンクは缶コーヒーと同じ大きさの小さなサイズ。さち子さんは特徴的な赤い色の缶を受け取ろうとした。
「うん?」
何故か鷲見君は、さち子さんが受け取っても缶を手放さなかった。
「む?」
一瞬だけ鷲見君とさち子さんの缶の取り合いが発生し、その後、鷲見君は実ににこやかな顔で手を離す。
「間接握手、ありがとうございます」
なんか上下に振られたと思ったら握手のつもりだったんか。
鷲見君の不思議な言動も二日ぶりだ。さち子さんはこの不思議な感じがなんだか懐かしかった。
それにしても、握手くらいいつでもするのに。
間接握手なんて、それは、どこの文化だい?
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