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【完全版】モブ女の私がイケメン後輩にストーキングされてます!  作者: 城山リツ
♡ 鷲見君の過去とさち子さんの今 編

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第12話 うすい後輩

 私の名前は、花寄(はなより)さち子。

 市役所勤務八年目、会計課主任の三十歳。

 最近、気になる後輩がいる。

 


 

 ♡ ♡ ♡




「花寄さん、またそれ飲んでるんですか?」


 さち子さんは少し凝り性な所があって、新しいもの好きである。

 向かいの席の畑野(はたの)が指摘したのは、最近のお気に入りの乳酸菌飲料だ。

 

「うん、美味しいよ。薄いシロピスみたいで」

 

「……それ、ほんとに美味しいですか?」

 

 畑野は怪訝な顔で聞いてくる。

 薄いシロピスを馬鹿にしているな、と感じたさち子さんは力を込めて返した。


「シロピスはね、薄くても美味しいんだよ。飲み心地が爽やかになって、グビグビいけるでしょ」

 

「はあ……まあ……薄いですからねえ」

 

 畑野の目は貧乏人を見るような目だ。

 その勝負受けてたとう。さち子さんにますます力が入る。


「確かに、最初はうちに来た友達には嫌がられたよ。でも、私はめげずに薄いシロピスを出し続けた! そしたら最終的には『さち子ちゃんちに来てコレ飲むと落ち着く』とまで言わしめたんだからね!」

 

「洗脳じゃないですか」


 若者はすぐにそうやって強い言葉を使う。

 さち子さんは首を振って反論した。

 

「違うよー、薄いシロピスが頑なな友達の心を溶かしたんだよ!」

 

「ええっと、これの支払い期限は月末だから、いつにしよっかなー」

 

 おおい! 面倒くさくなるんじゃないよ!

 しれっと仕事に戻ろうとする畑野にさち子さんが目をぱちくりしていた時。


「花寄先輩、お疲れ様です」

 

 音もなく静かに忍び寄る。毎度お馴染み、福祉課の鷲見(すみ)君の登場だった。

 何度言ってもたまに「失礼します」を忘れるようだ。だがこれだけ入り浸られるとさち子さんの方がどうでもよくなってしまった。

 

「今日はどうしたの?」

 

「あのこれ、支払日が決まったら対象者に通知したくて」


 鷲見君の持ってきた支払い伝票は葬祭費の補助金。

 申請した個人への支払いは、会計課から特に通知はしない。通知したければ各課の裁量におまかせである。

 

「そっか、わかった。畑野さん、聞いてた?」

 

 さち子さんは伝票を受け取りながら向かいの席に首を伸ばすと、畑野は指でオッケーマークを作って答えた。

 

「わかりました。後で鷲見くんに内線かける」

 

「……よろしく」

 

 同期同士の会話なのにわりとそっけない。これがさち子さんの同期だったらどうでもいいギャグで数ラリーする。今の若者はこういうノリか、我々のノリはかえってサムイだろうか。

 さち子さんは若者会話を見せつけられて、意識が遠くにいきかけた。



 

「花寄先輩が飲んでるの、新しいヤツですね」


 さち子さんを引き戻したのは鷲見君の言葉。その机にある乳酸菌飲料を指さしていた。

 

「ああ、これ? 最近のお気に入り」

 

「なるほど……」


 鷲見君はさち子さんが手に取ったペットボトルのラベルをじっと見ていた。

 そんなに凝視しなくても、一階の自販機に行けばいつでも売ってるのに。


 そう思いながらさち子さんもまた鷲見君の凝視を見守ってしまった。

 するとはた、と目が合ってちょっと気まずくなる。


「あ、それ、美味しいですか?」


 少し焦った口調で鷲見君が聞く。

 畑野へのプレゼンは失敗したので、さち子さんは今度こそとまた力を入れた。

 

「うん、美味しいよ。薄いシロピスみたいで」

 

「へえ……それはいいですね」


 おお、好感触。さては鷲見君の家もシロピスは薄める派か?

 さち子さんが思わずニヤリとしたのを、畑野の冷たい一言が刺した。


「鷲見くんも、薄いシロピスなんかがいいの?」

 

 なんかとは、なんだ。

 まったく畑野はクールに人を傷つける。いや、シロピスごときで傷つくほど、さすがのさち子さんもヤワではないが。

 そして鷲見君も別に気にしてなどいなく、もっさり淡々と答えた。


「ある時から薄くするようになって。最初は不味かったけど、慣れると薄くないとシロピスじゃないっていうか……」

 

「マ・ジ・で!?」

 

 畑野は大袈裟に驚いていた。薄いシロピスのポテンシャルを本当に理解していないと見える。

 鷲見君の「最初は不味かった」発言が少し引っかかるが、さち子さんは味方を得てまたニヤリと笑った。


「ふっふ、鷲見君よ、こうなったら畑野チャンに薄いシロピスの世界を見せてやろうぞ」


「ああ、それはいいですね。薄いシロピスを飲むとなんか落ち着きますから」


 二人がかりで圧をかけるとさすがのクール畑野も「ヒィ」と引いていた。


「遠慮します! 私は濃ゆいシロピスが好きなので!」


「まずは、その濃度を半分に薄めることから始めようか?」


 調子に乗ったさち子さんは、さながら悪の秘密結社の女幹部のような微笑みを浮かべる。


「奢りでも絶対飲まないからっ!」


 珍しく感情豊かな畑野に、鷲見君も少し楽しそうにしていた。


「さては畑野さん、ぶどう味のシロピスをそのままカキ氷にかけたり、ソーダで割ったりしているね」


「それの何が悪いのよぉ!」


 すっかり怖気付いた畑野に、女幹部・さち子はさらにワルくすごんでいた。人質の少女を脅すようなテンションで。


「そんな贅沢な飲み方をしてる子には、水道水で薄めたプレーンシロピスを飲ませるぞぉ」


「むーりー!!」




 鷲見君とタッグを組んで畑野をいじるの、ちょっと楽しい。

 さち子さんの職場は今日も平和である。




お読みいただきありがとうございます

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― 新着の感想 ―
薄いシロピスで盛り上がって楽しそう。 鷲見くんあれからずっと薄めて飲んでたんですねぇ。思い出の味ですものね。 さち子さんの最近のお気に入りと言ってた飲み物を凝視するのは、ちょっとこわいw 推しが好きな…
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