※第11話 拾われた僕
※印のある話は鷲見君語りで彼の過去話です。
ぼくのなまえは、すみれんと。
みそらようちえんの、ぱんだぐみ。5さい。
おうちがどこだか、わからない。
「君、どうしたの? まいご?」
そのお姉ちゃんは、赤いランドセルを背負ったまま、僕の顔を覗こうとしていて。
「ふぐっ!」
ランドセルが頭の上にずれて、激突されていた。
「むむ、しゃがめば良かった……」
ランドセルに激突された首をさすりながら、そのお姉ちゃんはしゃがんで僕を見る。
「大丈夫?」
お姉ちゃんこそ、首、大丈夫?
「おうち、わかんないの?」
「……」
僕は答えたくなかった。
「お名前は?」
「……」
すみれんと、ごさいです。そんなのカッコ悪くて言えなかった。
「うーん、しょうがない。私のうちに行こう」
そう言ってランドセルのお姉ちゃんは、僕の手を握って歩き出した。
「うちのお母さんに、探してもらおうね」
手を引いてもらうのも、カッコ悪い。
だけど、そもそも迷子になった僕がカッコ悪いから、仕方なかった。
「ただいまー」
お姉ちゃんのおうちは、すぐそこだった。
表札に「花寄」って書いてある。読めない。
「お母さん、男の子、拾った!」
玄関で、お姉ちゃんのお母さんが、僕を見てずっこけていた。
このうちのシロピス、薄いな。
でも、拾われた僕は黙ってそれを飲んだ。
「おいしい?」
隣に座ったお姉ちゃんも、シロピスを飲んでいる。
嘘はつけないので、僕はひたすら黙った。
「この辺じゃ見ない子ねえ。どこから来たのかしら」
おばさんはだいぶ困ってた。それでも僕は黙ってた。
「あのねえ、私、花寄さち子」
はなよりさちこ。お姉ちゃんの名前は、はなよりさちこ。
「君のお名前は?」
相手が名乗ったら、自分も名乗るって、ミューレンジャーが言ってた。
ミューレンジャーはカッコいい。つまり、ここで名乗るのがカッコいい。
「すみ……」
「すみ?」
「れんきゅ……ヒッ!」
最悪だ。急にしゃっくりが出た。カッコ悪い。
「大変! 息止めて!」
「うひっ……?」
「ぎゅーって息止めて!」
僕は言われるまま、息を止めた。お姉ちゃんも何故か止めていた。
「……んんん、よし! もういいよ!」
「ぷはっ……」
喉のところが、もやんもやんしてた。
「どう? しゃっくり、止まった?」
「……」
ちょっと気持ち悪いけど、しゃっくりは出なくなった。
「良かったあ。しゃっくりはこうやって止めるんだよ」
なんて博識なんだ。これが年上というものか。
僕はすっかり、さち子ちゃんの虜になった。
「お名前は、すみ、れんきゅ……?」
さち子ちゃんが僕の失態を繰り返す。恥ずかしい。
「れん……」
「れん?」
と、が出てこない。さち子ちゃんが僕を見てると思うと、出てこない。
こうなったら、もう必殺技を出すしかない。
必殺! 迷子札!
「──おお!」
さち子ちゃんは、少しびっくりしてた。
僕がいきなり、首にかけた迷子札を取り出して見せたから。
「おお……?」
それを手に取って見つめるさち子ちゃんは、おばさんを呼んだ。
「お母さーん! これ持ってた!」
僕の首から迷子札の紐を優しく外して、おばさんの所へ持っていくさち子ちゃん。
「きゃあ! 良かった! これで親御さんに連絡できるじゃないの!」
おばさんはその場で狂喜乱舞。さち子ちゃんもつられて踊る。
なんて可愛いんだ。
「鷲見恋人くんて言うのね。隣町じゃない。よくここまで来たわねえ」
おばさんがそう言うと、さち子ちゃんは手をポンと叩いて笑った。
「ああ、そっか! れんと、だかられん君って言おうとしたんだね!」
やーめーてー。もう忘れてくれー。
「れんきゅん、良かったね」
さち子ちゃんは、僕を見てにっこぉ、と笑った。クソ可愛い。
しばらくして、ピンポンが鳴った。僕のお母さんが来たようだ。おばさんが玄関に走っていった。
「大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありません!」
「いえいえ、うちの娘が連れてきてしまって、こちらこそ申し訳ありません!」
大人というのは、どうしていつもペコペコしているんだろう。
「それでねえ、これがぁ、ミューピンクでしょー」
僕はさち子ちゃんと、ミューレンジャーの絵本を見ていた。
女の子なのに、ミューレンジャーを知ってるなんて、さち子ちゃんは尊い。
「恋人、さあ帰りましょう」
嫌です。
「もう、一人で飛び出したらだめよ」
僕は今日、来るべくしてここに来たんです。さち子ちゃんに会うために。
僕はお腹に力を入れて、動くもんかと思った。
だけど、あっさりお母さんに抱っこされてしまった。
ふざけるな、さち子ちゃんの前で子ども扱いするなんて。
「れんきゅん、またね」
涙でさち子ちゃんが滲む。
「また遊ぼうね」
本当? さち子ちゃん。
僕はお母さんの車につめこまれて、さち子ちゃんと別れた。
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